パンドラと恋慕







 氏家さんの邸宅を後にし、高級住宅の並ぶ坂道を下っていく。浅井さんはそのしばらくの間無言で、俺の隣を歩きながら、落胆しているようだった。

 俺はあの部屋での出来事が夢のように感じられて、けれどアルコール臭はまだ鼻の奥に残っていて。そのようなことが頭の中でグルグルと回る。


「私、誰のことも信じられない…」


「浅井さん…」


 ふと立ち止まり、浅井さんはそう漏らす。肩が小刻みに震えている。声色から察すると、怒りや悲しみがごちゃごちゃに混ざっているのだろうか。

 でも、なんで__?


「相模さんに、何を言われた?」


 浅井さんが俺を見上げる。涙が、頬を伝っていた。


「それは、言えません。きっと、ひな乃っちの、“すべて”に関わること__だと思うから。ああ私、ひな乃っちのことどれだけ好きなんだろう。裏切られたみたいで悲しいのに、擁護したいよ…」


 浅井さんの小さな身体が、崩れ落ちた。そのまま、「わぁ」と泣き出してしまう。
幸い先ほどの住宅街は抜けており、人通りの少ない道を歩いていたのだが、まるで俺が泣かせているような気分になったので、俺も屈んだ。


 浅井さんの言葉から、相模にひな乃に関することを言われたらしい。だけど、“すべて”ってなんだ?口にすらできないような大きな秘密を、ひな乃は抱えているのだろうか。


 俺は嗚咽する浅井さんの背中を、ブレザー越しに擦った。その間も色々と思索するが、頭の中はモヤモヤしていくばかりで見当すらつかない。


 辺りは既に暗くなっていて分厚い雲が空を覆っていた。外灯だけが浅井さんと俺を照らす。

 浅井さんは鞄を持っていなくて、マフラーもしてない。とても寒そうだ。


「駿河先輩なら、ひな乃っちの気持ちが、分かるのかな…支えられるのかな」


 震える浅井さんがいたたまれず、俺は、自らのブレザーを浅井さんに掛けた。彼女にはサイズが大きいようで、すっぽりと包まれた。


「温かい…っ」


 しかし浅井さんは余計に泣き出してしまった。どうしよう、となだめる言葉を考えていると。


「先輩!」


「え!?」



 浅井さんが、飛びついて来た!その勢いで俺は、コンクリートに軽く尻もちをついてしまう。

 泣いているせいかひどく熱っぽい。その温度は決して不快ではないのだが、ゾワゾワとした。


 __そして、気付いてしまった。