__『その女は、死神です』
帰りのバスにの座席に腰掛け、穏やかな運転に揺られながら、ひな乃の言葉を頭の中で反芻する。
車内に差し込む夕陽に、目を細めながら。
死神。しにがみ。シニガミ。
俺はただ、“相模 千里”について尋ねただけなのに。
__相模 千里(サガミ センリ)。
相模 千里が、死神。なんだそれは、甚だしい。
しかしひな乃の、あの剣幕。あんな平然と死神と言うということは、それほど過度な比喩ではないのだろうか。
それともひな乃は、俺を唆して弄ぼうとして、死神と、相模 千里を喩えたのだろうか。
俺は相模 千里を見たことが一度しかなく、相模について知らない。
一体あの女子がどんな人物なのか。
何を想い、何故俺にあんな風に囁いたのか__…。
『__可哀想に。私と同じです』
俺を、憐れむような、慈悲深さが伺える表情で、俺のことなど知らないはずなのに。何故、なぜ。
相模 千里は同じく清條院学園の、2年生で俺と同級生で、でも全く関わりのない女子。
ある日、相模と廊下ですれ違った際に、馴染み深い薫りがふわりと漂ったため、思わず振り返った。
そして、何を思ったのか相模も振り返り、俺を見据えていて、可哀想に、私と同じ、と清らかな声で言い放ったのだ。
そんな、謎めいた言葉を掛けられても思い当たる節はない。なにせ、俺は初めて相模を見たのだから。
容姿の特徴から、友人に聞いたところ、俺にそう囁いたのは相模 千里だと割とすぐ分かった。
腰までの黒いストレートロングが印象的で、恐らく学年で一番髪が長いと思う。 後ろ髪同様、前髪も長く目はあまり見えなかったが、鼻と口の形が綺麗だった。
すれ違いざまの、あの薫りが引っ掛かる、知っている気がする__しかし、いつも嗅いでいるような薫りなのに、何だったか思い出せなくて。
気味の悪い言葉と、その薫りが気になって堪らなかったから、ひな乃に尋ねたのだ。相模 千里がどんな人物か。
ひな乃は、先程同級生に当たってみたほうが良いと言ったが、それは謙遜だ。 ひな乃の洞察力は卓越していて、俺はその安定性を信頼している。
しかし、今回ばかりは、死神に蛇、毒牙。
悪印象を与えられただけだった。
こうなったら自ら行動するのみ。
人伝だと信憑性が薄く、人間性は実際にその人と触れ合ってこそ分かるものだ。
噂に一々 扇動するより、コンタクトを取って確かめるんだ。
あの、言葉の真意を聞こう。



