扉の前まで行くと、ひな乃は何の躊躇いもなく、自らの手で、鍵が掛かっていないドアの取っ手を引いた。

 そして、「どうぞ」などと、主のように、俺を氏家の邸宅へと引き入れたのだ。



「ひな乃、何で俺を氏家さんの家に?」


 中に入ると、玄関から見たところ、誰も居なかった。インターホンを通したのでそもそもないのだが、不法侵入ではなさそうだ。氏家のレベルだったら、セキリティが行き届いているはずだし。



「駿河先輩」


 心臓が、凍り付くかと思った。身体の末端から芯まで底冷えしたような感覚に襲われる。


 ひな乃は、俺に、詮索するなと牽制している?



「__これから見ること聞くことになるモノは、全て内密にするようお願いします。頼んでいる側なのに、ごめんなさい。それと、ひとつ頼みたいとがあるのですが」



 真剣な眼差しと場の空気に頷かざるを得なかった。


「駅まで送り届けて欲しい人がいるのですが」


「駅まで…」


 誰を?と聞き返すのはやめておいたが、ひな乃は一体何をしようとしてるのだろうか。


「お願いできますか?先輩も知ってる人です」


「うーん…一応」


 そして、スタスタと邸宅内を歩き出し、迷うことなく、恐らく邸宅の隅の方へ行く。

 着いて行く俺だが、屋敷は広く、煌びやかな電灯や厳かな内装で、昔、訪れた時のことを思い浮かべる。

 確か、まだ幼かった時だから、この屋敷を駆け回り遊んでた気がする。裕貴さんと。



「ん?」


 ふと、この屋敷のどこかの部屋の、ドアの隙間から覗く誰か__を思い出した。フラッシュバックのように景色が彷彿し、現在見ているものと重なる。


 裕貴さんとかくれんぼなどで遊んでいた時、あちこちを探しまわっていた時、誰かが俺を見ていた。黒い目で。

 裕貴さんかと思ったが、背丈が違うし、顔の半面しか見えなかったが、多分女の子のものだったし、それに、何となく気味悪いと思って見てみぬふりをしたのだ。


 でも、遊びに来ていた親戚の子とかなのかもしれない。一緒に遊びたくて見てたのかもしれないな、と今となってはそう思う。


「先輩 ここです」


 ひな乃はブレザーのポケットから鍵を取り出し、廊下の一番隅にある部屋の扉を解錠した。

 他のとはまた違った、ゾッとする禍々しい雰囲気のある扉だった。


 軋む音と共に、扉は開いた。冷たい空気が、廊下へと流れ込んで来る。

 扉の先は、部屋ではなかった。扉の先に、下へと続く階段があり、不思議な空間を作り上げていた。4畳ほどの広さで、そのほとんどを階段が占めている。
また、突き当りの壁には、小窓がついているのだが、闇色のカーテンが光を遮断していた。