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「なあ、ひな乃」
週明けの学校。
放課後の蔵書室の小窓から覗く空は、灰色で重みのある雲が立ち込めている。
「なんですか」
ひな乃は盆に、二組のティカップを乗せ、テーブルへと運んだ。
「この前、浅井さんと話したんだけど」
「……浅井さんと。どうでしたか?」
あまり興味なさ気な表情だったが、ふと、微かに期待しているような眼差しを向けられた。生い茂る睫毛が、俺の方へ向く。心臓が弓矢で射抜かれたように、ドキ、とした。
ひな乃は、浅井さんが俺に好意を持っている、と言っていたが、その件に関して気になるのだろうか?
「なんか、ひな乃、浅井さんにすごい大事にされてるんだな。ひな乃のことばっか話してた」
「え?」
ひな乃は心外そうに、少し目を大きくさせた。瞳は黒く、瞳孔がはっきり見えていて綺麗だった。珍しい表情だ。
「だ、だからひな乃の体調のことも心配してて」
本題を告げようとすると、ひな乃は訝しげに眉を寄せる。
「最近。体調良くないのに、えーっと、病院、行かなくていいのかって」
「…浅井さんは、お人好しです」
溜め息と共に漏らした言葉。
「私がどれだけ冷たくあしらっても、めげずに話し掛けてくれて…。私と、『友だちだよ』なんて、穢れを知らない顔で言う」
「ひな乃にとって、浅井さんは友だちじゃないの?」
浅井さんの、“ひな乃っち”と元気に呼ぶ声が、頭の中でリピートした。ひな乃とは、確かに性格はまるで違うが、とても優しい人だと思う。
俺の質問に、ひな乃は首を横に振った。
「確かに友だちだと、思います。けど、私と一緒にいたら浅井さんは、……」
そこで、ひな乃は言葉を止めた。口を噤み、これ以上言う気配はない。同時に視線も下げていて思いつめている様子だった。
何、と聞きたかったが詮索するようで嫌だったし、ひな乃の地雷を踏む可能性もなきにしもあらず。やめておいた。
誤魔化すように、ひな乃の淹れてくれた紅茶を一口飲む。
「分かりました、先輩。私ちゃんと病院に行きます。だから、心配しなくて大丈夫です。
ところであの、こらからお時間空いてますか?」
心配しない、というのは無理そうだが、浅井さんのお願いを届けられたので安心した__のだが。
「え?え?」
__お時間ありますか。だって?
ひな乃を思わず凝視すると、手はスカートの裾を握っていて何故か微かに震えているように見えた。ドキリとする。
「えーと、空いてるけど、ど、どうして?」
「先輩に来て欲しい場所があります」
凛とした瞳に押され、物怖じしてしまったが、俺はコクリと頷いた。ひな乃の表情は、いつになく強張っていた。