パンドラと恋慕





 数日後のこと。俺は、あろうことか再び放課後の図書室に訪れていた。


「…駿河くん」


 相模は、本棚に背をもたれさせ、きょとんとした表情を浮かべた。なんだか、呆気に取られてしまう。


「その、ちょっと心配になって」


 実は、ここに来るきっかけとなったのは、円谷である。先ほど、昼休みに話していてその時にたまたま、円谷が相模の話をして、つい相模と話したことを漏らしてしまったのだ。

 そして、授業中に倒れて保健室に運ばれたことや、最近心配になるくらい痩せてきたということを聞き、気になってしまい__放課後、いつもすぐに帰らず上の階層にいるらしいと円谷から聞き出し、訪れたのだ。


 相模はどうやら、図書室によくいるようだ。



 気になる、とは相模の体調だけではない。


 ひな乃と浅井さんと廊下で話していた時のことを思い出す。あの時、廊下の角に相模がいて、こちらを見ていて、__それも、怨霊のような凄まじい形相で__そのことを確かめたかった。何故、あんな目で俺らを見たのか。

 思い当たる節は、ある。相模が言うに、俺は他人と関わってはいけない。それを破って普通に話していたから怒った、と予測できる。


 だが、あんな表情をさせるには深い事情があるはずだ。だから、聞き出すためにも、この図書室に足を運んだ。

 あんな表情を目撃して、嫌悪感がないと言ったら嘘になるが、相模がもし悩んでいるのなら、力にはなりたいと思う。



「相模さん、俺が言うのもアレだけど、ちゃんと食べてる?」


 相模の隣に腰掛ける。尻にひんやりと冷たい感覚が広がる。


「はい、ちゃんと食べてます」


 相模はぼうっとした表情で応答した。この前の表情が、嘘みたいだった。

 しかし、返事とは裏腹に、噂通り相模の肢体は前に会った時よりも痩せ細って見える。ただ、長い髪の毛は、暗いところで見ても艷やかだと分かる。


 俺が干渉しても、ウザいだけかもしれない、と思い話を変えた。


「そっか…、ところでこの前、相模さんを見たんだけど」


「あぁ、あの時はちょっと。その、すみませんでした」


 抽象的な言い方をしたが、相模は謝ったので、廊下で俺らを睨んだのは気のせいではないようだった。


「苛々していたので。でも、駿河くんが、“他の人”と話さなければ問題ありません」


「それは、ちょっと…。やっぱり厳しい、約束できない」



 すると、相模が顔に掛かる髪を払い、双眸を露にした。



「だ、だって学校に通ってる以上、そういう関わりも必要だし、具体的な理由が分からないから、難しい。それに何で俺が限定なの?」


「駿河くんみたいな幸せそうな人には、言えないです。きっと理解できない」