ひな乃に、相模の話をすると、この前みたいに咎められるのではないかと少し逡巡したが、俺は言葉を紡いだ。
「相模さんに、あんまり人と近づくなって言われたんだけど」
もしかしたら、ひな乃が、そのことに関して何か知っているかも知れないと希望が膨らんだ。相模を“死神”と忌むくらいだ、間柄があるに違いない。
しかし、その反面、ひな乃の顔色を覗い冷汗をかいてしまう。やはりまた、“駿河先輩”と牽制されてしまうのではないかと、畏怖している。
「先輩は、“死神”に近づいてしまったのですから、もう遅いですよ…」
失意の言葉に聞こえた。
ひな乃は寂しげに、視線を下げる。
「どういうこと」
「それ以上の意味は、ありません」
ひな乃は珍しく、迷いながら喋っていた。いつもは怖いものなど知らないと言っても過言ではないくらい、堂々と話すのに。
それから少しの間、彼女は俺の目を見たり逸らしたり、挙動不審な態度を取った。
紅茶のカップに口を付けると、ふぅ、と一息つき落ち着いた口調で赤い唇を開いた。
「先輩に、聞いて欲しいことが…」
消え入りそうな声。
ひな乃が一瞬だけ相模と被って見えた気がした。
俺がおもむろに頷くと、ひな乃は立ち上がり俺の隣に腰掛けた。ひな乃の具合が悪そうだった時と、同じ構図になる。
「憐れな少年の話です」
淡々と語り出す。
ひな乃が俺の隣に腰掛けたのは、顔が見えないようにするために思えた。
「少年は、物心つく前に母を亡くし、経済的な都合で母方の家に引き取られ、残された父と姉とは離れ離れで暮らしていました」
「………」
「亡くなった母の兄に引き取られ、裕福な生活を送ってきましたが、ほんとうの両親の愛を知らない少年は、家族とは上手くいかず、次第にひねくれていきました」
口調に抑揚はあまりなく、他人事のように話している。だが、俺には辛そうに聞こえた。
「やがて、姉と再開し、今までの寂しさと疎外感を埋めるために__」
「……ひな乃?」
ひな乃の言葉が止まった。ひな乃は俺を見上げ、口を小さく開いたまま、時間が止まったかのように動きを止めている。
俺は、絡み合う視線に、心拍数が上がってしまったが、ひな乃の眉は切なげに寄せられ、頬は青ざめていた。
「先輩…私…私」
「ひ、ひな乃、どうした」
話は途中で止まり、つぶらな瞳から透明な液体が零れ始めた。
「どうして、泣いてるの?」
ひな乃は首を横に振り、ツインテールを左右に揺らした。そして俺の胸元に顔をうずめ、しがみつくような姿勢になった。
それから、ひな乃は声を上げず、静かに泣き続けた。



