刻々と、優雅に時は流れる。

 ひな乃はいつだって気まぐれで、会話が途中でぶつ切りの時もある。


 __死神。ひな乃の語ったソレがどうしても気になった。

 しかし、再び尋ねる必要はなかった。ひな乃が、独り言のように、ポツリと切り出したからだ。


「死神の彼女は、きっと、気が付いたら__細くて嘗めかましい蛇のように、絡みつくでしょう。その毒牙に犯されることでしょう」


「__毒牙…。えっと、ひな乃、比喩は分かりづらい」


 死神を比喩と評したが、ひな乃も大概だ。


 ひな乃は顔を上げて、俺の目を鋭い眼差しで見つめた。視線と視線が交じり合う、この瞬間。

 ひな乃がこのような目付きで俺を見るのは、間々あることで。


「果たして、ほんとうに比喩でしょうか?」


「俺が聞いたのは“相模 千里”のことで」


「駿河先輩、私から言えることはこれ以上ありません。
それに、“相模 千里”さんは、先輩と同級生でしょう。私に聞くよりも同級生を当たってみた方が、有力な情報を得られるかと」



 穏やかな声色とは裏腹に、依然として鋭く冷ややかな眼差しを向け、畳み掛けてくる彼女。

 駿河先輩、とひな乃が俺を呼ぶ時は本気で牽制しようとしている証拠だ。


 __ゾクリ。俺の何もかもを射抜いた視線に、どうしようもなく粟立つ。 


 胸に生じるのは、恐怖心。


 そう、俺はひな乃のことを後輩として気に入っているが、怖いとも思うのだ。


 時折、軽侮されたような視線を浴びせられる。情けない話だが、それに畏怖するのだ。


 理由は見当もつかない。
ひな乃はこうやって俺をこの教室に歓迎してくれて、紅茶まで淹れてくれるが、嫌っているのではないか。


 しきりに、渦巻いた形容しがたい感情。



 ひな乃が、怖い。

 しかし、俺は先程のような、ひな乃の砂糖菓子の甘い笑みを求めている。



 今日はもう、ひな乃の笑顔を見られない。

 ひな乃の地雷を踏んで、機嫌を損ねてしまったら、翌日にならないと、会話すらままならなくなるのだ。



 そう観念した俺は、残りの紅茶を一気に飲み込む。

 口の中に広がる風味は鼻孔を突き抜けた。
熱い液体が身体に染み渡る感覚は、なんともいえない。もっとゆっくり味わいたかった。


 機嫌の良いひな乃なら、ゆっくり飲むべきだとかチクチク言われるが、無言で冷淡な眼差しを浴びせられたままで。



「今日は帰る」



 俺はソファから、鞄を手に立ち上がった。


 彼女に背を向け、扉の鍵を開ける。そして、ドアノブを回した。



「施錠はこちらでしますので」



 冷ややかな声を背で受け止め、その場を後にした。