パンドラと恋慕





 激しい恨怨を全身からぶち撒けたような、おぞましい佇まいでこちらを見る、髪の長い女子生徒がいた。__廊下の突き当りの曲がり角に身を隠している。

 前髪の隙間からは、憎々しげに睨むような瞳が見えた。


 たった先日見た光景が、フラッシュバックした。

 会場の廊下の突き当りに立っていたあの少年。相模と、その少年の姿がぼやけ二重に重なったような気がした。

 デジャヴどころじゃない、鮮明過ぎる記憶だ。



「相模…」


「へ?」


 浅井さんが俺の視線に気付き、振り向いた時、相模は腰元の長さの毛先を揺らし、その場から去っていた。

 ひな乃は、“相模”と漏らした俺に反応することもなく、浅井さん釣られて振り向くこともなく、ただ一点を見つめ、呆けていた。








 その次の週の始め、放課後、俺はひな乃のいる蔵書室に訪れていた。

 紅茶が出されるのを待っていると、こちらに背を向けるひな乃が淡々と告げる。


「先輩、この前廊下で会った“浅井紗代”についてですが」


「あの、ショートの子?元気のいい」


 小豆色のバレッタを思い浮かべる。



「はい。浅井さんは、先輩と仲良くなりたいみたいですよ」


「お、俺?」


「はい」


 屈託のない笑顔で、テンションの高い浅井さん。その彼女が、俺と仲良くなりたい?


「なんでまた」


「さあ」


 ひな乃は知らん顔だったが、ほんとうは理由を分かっているような気がした。華奢な背中を数刻、見つめる。


「まあ」


 ごく自然に、切り出す。


「好きだから__じゃないですか」


「っごほ!」


 俺は、紅茶を飲んでいないのにむせ返ってしまった。


 先日の浅井さんの様子からすると、彼女はむしろ、俺とひな乃を、推していたような気がする。ひな乃の言う通り、俺が好き、というか気に掛けているならあそこまで推すか?


「気が向いたらいいので、もし、見かけたら話してみてください」


「う、うん」



 ひな乃が、盆に乗せた紅茶を運ぶ。


 ソファに腰を下ろすと、紅茶に手を付けず、ゆらゆらと湯気が漂う(水面)を、何やら真剣な面持ちで眺めた。


 ふと、俺の頭の中で、あの言葉が反芻した。



 __『この学園で人と親密な間柄になってはいけません』


 相模は、俺に必要以外、人と関わるな、と告げた。しかし、俺はそれを守っていない。

 確証のない警告を鵜呑みにするのは嫌だが、なんとなく、浅井さんと関わろうとするのは、相模の言葉によって憚られる。



「そういえば、ひな乃。前に話した“相模 千里”のことだけど…」


 彼女の目の色が変わった。顔を上げたので、視線が交わる。