浅井さんは焦げ茶の髪を揺らし、ひな乃に言う。
「ひなのっちは、照れ臭くて言えないんだよね?
ハッ!まさか、朝、遅刻しかけた時に道角で食パン咥えながらぶつかったとか!?」
「いやいや…浅井さん何それ」
「あたしの、理想の運命の出会い方です!
違うとすれば…じゃあ、ひなのっちが告白されて迫られていたところを、王子さまみたいに助けた!そうでしょう」
ドヤァ…と理想(?)を、身振り手振りしながらぶっちゃける浅井さんは、ムードメーカー的な雰囲気を感じる。
ああ、ほら、激しくジェスチャーした拍子にコンタクトか何かがズレたのか、目を押さえている。
「別に、対した出会いじゃないよ。
な、ひな乃」
真顔で俺らのやり取りを見ていたひな乃に話を振る。
「…私が、沢山の本を運んでいて、困っていたところを助けていただいたの」
「えぇ!先輩って王子さまみたいだね〜」
面と向かって王子さまと言われるのは違和感が半端ないので、苦笑いするほかなかった。
俺、絶対、王子さまってキャラじゃないから。
「まあ__そうかも」
「ひな乃!?」
なにゆえ、王子さまを肯定する。
何しろシビアな表情なので、驚愕してしまう。
__ひな乃と出会ったのは、確かにひな乃が何冊もの本を重たそうに運んでいた時だった。
4月の末、たまたま一階を歩いていた俺は、本を運ぶひな乃とすれ違った。
重たそうだな、と思ったくらいだったのだが、すれ違った途端、大量の本を床に落としたのだ。
廊下には俺とひな乃しかおらず、助けないわけにもいなかく、一緒に部屋へ運んだのだ。
あの、蔵書室に。
誇りの舞う蔵書室は、ひな乃流に改装され掛けていて、カウンター風の長机や、茶葉の入った戸棚は既に設置されていた。
俺は、その部屋の存在を知らなかったので、それらは元々そこにあったものかと思っていたが、後に、ひな乃が手掛けたものと知ることになる。
『駿河先輩、また明日、ここに来てくださいませんか』
本棚に本を入れる作業を終えると、礼と共にそんな風に誘いを受け、俺の名前を知っていたことに意外性を感じたのをよく覚えている。
何故、俺を誘ったのかは分からなかったが、無下に断るわけにもいかず、その翌日から、紅茶を出され、__奇妙な関係は始まった。
ひな乃も同じような回想をしているのか、ぼうっとしている。
「いいなあ、王子さま、駿河先輩くらいの素敵な人、あたしにも舞い降りてこないかなぁ」
うっとりと語る浅井さんの目の前に、イケメンがリアルに降ってくるところを想像してしまい、苦笑いを浮かべかけた時だった。
「…え?」
蕩けた眼差しの浅井さんと、呆けるひな乃のずっと後ろに__。



