パンドラと恋慕






 __あの、少年は一体誰だったのだろうか。


 俺は、茶会以来、陰鬱な少年のことが頭から離れずにいる。

 隈の蔓延る目元、青白い肌、唇は血の気が引いていて、端正な顔立ちが台無しで。それだけなら、まだここまで俺は気に留めなかっただろう。


 あの薫り。あの薫りが、俺を、捉う。


 おかしなことに、あれは、ひな乃と相模の薫りに、酷似していた。

 プルースト効果で、少年とすれ違った時に漂った薫りは、ひな乃と相模を思わせた。


 もし、俺の勘が正しければだが、少年と、ひな乃…もしくは相模は、なんらかの関係があるのかもしれない。




 うんうんと唸りながら、茶会の時、裕貴さんが何か言い掛けていなかったかと言うことも思い当たり、さらにモヤモヤしながら、休み時間、学園の廊下を歩いていると。




「ひなのっち、さっきの授業の内容分かった?
そもそもあのセンセ、何語喋ってたの?ほんとに、日本人の方?」


 下級生の女子二人組が、こちらへ歩いて来る。持っている教材からして、美術室へ向かっているのだろう。

 その内、ひとりは、清廉潔白に黒髪をリボンでまとめ、白い膝までのソックスを履いている。


「ひな乃…」


 ショートボブに、前髪を小豆色のバレッタで留めた、活発そうな女子と肩を並べて歩くひな乃が居た。

 ひな乃は俺にとっくに気付いていた。証拠に、俺を見ている。


「正真正銘、日本の方でしょう。
聞き取りづらいのは、東北の訛りがあるから」


「えぇ?あたしとても日本語には…うぅ。

あ!ひなのっち、駿河先輩じゃん!!」


 俺の名を出したのは、ひな乃の友人だった。ひな乃が俺を見ていることに気付いていなく、単純に、俺を見つけて驚いているようだ。

 しかし、俺はその女子のことを知らないので、立ち止まり、首を傾げた。


「先輩、こんにちは」


「うん…こんにちは」


 ひな乃はお澄まし顔だ。


「わぁ〜ひなのっち、羨ましい…。
駿河先輩とそんな気軽に、ご挨拶できるだなんて!

あのぅ、あたし、一年の浅井 沙代っていいます」


 浅井と名乗る女子は、“ひなのっち”という愛称でひな乃を読んでいることから、そこそこ親密そうな関係に見える。

 ひな乃が、そんな明るい友だちを持っていることに、意外性を感じた。


「いつも、ひな乃ちゃん駿河先輩のこと気にしてるんですよ。こうやってすれ違ったりする時も、先輩のことばっか見て。どうやって知り合ったんですか?」


「え?いや…」


 マシンガンのような激しい口調に、社交性の乏しい俺は頬を引き攣らせる。

 お世辞にも、ひな乃も社交的とは言えないのだが、浅井さんとは気が合うのだろうか。浅井さんがボケて、ひな乃が冷静なツッコミを入れる。そんな光景が浮かんだ。