パンドラと恋慕





「あの、裕貴さん、その紅茶どうですか」


 裕貴さんの飲む紅茶は、俺が、父さんに頼まれ選出したものである。と、言ってもイギリスから取り寄せた、アールグレイのストレートだが。


「上品な味わいだよねぇ。僕の家、あんまり紅茶飲む機会ないから、茶会、いつも楽しみにしてるよ」


「あ、ありがとうございます」


 そうか、俺は参加してないけど、裕貴さんは駿河主催の茶会に来ていたんだ。

 他にも、氏家ほどの資産がある大企業は、様々なパーティに呼ばれるのだろう。


「良かったです」


「ああ、ところで」


「はい?」


「清條院に、僕の従妹が__」


 いとこ?


 その時、裕貴さんが舞台の方に目をやった。
氏家の社長、つまりは裕貴さんの父が、こちら、裕貴さんに目配せしている。
それが、どうやらこちらへ来いの合図だったようで、彼は失礼、とティカップを片手に立ち上がった。


「さっきの話は、またあとでね」


 ウィンクをして、去って行くのであった。



 それから、父さんの挨拶により、新車が発表された。シルクのカバーを剥がし、照明に輝く車体は、場を大いに盛り上げた。

 茶会の目的は、達成できたと思う。


 プロジェクターで写した映像で車体について説明していく。それも、米国のあの会社を思わせるような宣伝で、好評を博していた。


 その後は茶会を楽しみましょう、という流れになり、俺は一度会場を出た。お手洗いに行くためだ。


 用を済まし、ハンカチで手を拭きながら、臙脂色の絢爛さ漂う柄のカーペットの敷かれた廊下を歩く。


 すると__。



 廊下の突き当りに、俺へ身体を向け、立ち止まる男がいた。俺よりも、身体が一回りほど小さく、中学生くらいかと思われる。

 しかし、この茶会には来ていないはずだ。
けれど、何故会場に繋がる廊下を歩いている?


 顔は良く分からなかったが、なんとなく不気味な雰囲気を感じる。禍々しい、負のオーラというか、深淵のような全身から溢れる根暗さを。


 会場に戻るには、この突き当りを右折せねばならない。

 何となく、怖いというより、彼に違和感を感じる。
何かが、引っ掛かる。


 しかし相手の服装はどこかの制服で、正装と呼べる着こなしだった。会場に来ている誰かの子息なのだろうか。


 そのまま彼を横切る。

 そして、いつかのあの時を思わせる__あの薫りがふわりと鼻腔を突いた。

 勘違いかもしれない、うちの茶会で、紅茶の匂いが混ざり合ってこの薫りを成したのかもしれない。



 けど、その薫りはあの__。






 俺が振り返った時、彼は俺に背を向け歩き出していた。