パンドラと恋慕






 日曜日の昼過ぎ、帝京ホテルにて、新車発表を兼ねた茶会が、大々的に執り行われた。




 パーティ会場には、煌びやかな装飾が施され、数多くの来賓が既に顔を見せている。

その面々は、テレビや雑誌などで、皆一度は見たことのあるような、大企業を率いるトップ、また、その子息、重役…と華やかである。



 純白のテーブルクロスの敷かれた丸型のテーブルには、紅茶や、シャンデリアの照明に脂の輝く七面鳥、フカヒレのスープなど、ホテルの一流シェフの拵えた料理が並ぶ。



 勿論、来賓はゆっくりと上品に手を付けていて、ガツガツと貪り食らう者は当然いない。

皆、下劣な印象を与えられないよう、家庭で作法などの教養を心得てるのだ。



「詩暮、あなたも何か食べたらどう?
落ち着かない気持ちも分かるけれど」


 優雅なタイトのドレスに身を包み、ショールを羽織る母さんに促された。

髪型はアップにまとめられていて、普段よりもしたたかである。


 会場の舞台の方には、氏家物流の社長や藤原工業 社長たちと話し合う父さんの姿が見えた。

 まだ、茶会が開催されてから然程経っていなく、人がもう少し集まったら挨拶を始めるのだろう。


 また、舞台にはシルク地のカバーが被せられた大きな物体__恐らく新車__が堂々と配置されており、挨拶の際に発表するのだろうか。



「あら、裕貴さんじゃない?」


 俺は、口にしていたチャイの注がれたティカップをテーブルに一旦置く。


 母さんの視線を辿ると、そこには、愛想の良い笑顔を浮かべ、町田株式会社の重役と談笑をしている、裕貴さんの姿がそこにあった。

 上質なスーツを身に包む裕貴さんは、落ち着いた雰囲気を醸し出していて、上品に磨きが掛かっていて、氏家物流の跡継ぎが、様になっている。


 そして、こちらの視線に気付いたのか、裕貴さんは俺と母さんの座るテーブルへ、歩み寄ってきた。



「こんにちは、瑠璃子さん、詩暮くん」


「こんにちは〜、久し振りねぇ。元気?」


「はい、ご無沙汰してます。順調にやってますよ」


 そんな風に、簡単な挨拶を済ませると、母さんは、父さんに目配せで呼ばれてしまったので、テーブルには、俺と裕貴さんだけになった。


 裕貴さんは、母さんとは反対側の、俺の隣に腰掛け、手の付けられていない紅茶を啜る。


「詩暮くんは、清條院だよね」


「はい、今、2年です」


「制服似合ってるじゃん」


 俺の羽織る空色のブレザーと、グレーのスラックスに目を向ける。



「裕貴さんは、加瀬田大ですよね」


「うん、のんびりキャンバスライフを送ってるよ」


 都内でも有数な名門大学の、加瀬田大学に通う裕貴さん。のんびり、とは言っているが、実際は相当な努力を積み重ねているのだろう。