パンドラと恋慕






母さんも、駿河の、会社の方に週3で勤めているため、仕事のある日は家政婦さんが、ない日は母自身が拵えている。

 別に、働かなくても専業主婦をやれば良いのだが、楽をするのが嫌なのと、家から出ないと太るとのことで、職に就いている。


 そんな母さんは、父さん曰く頑張り屋さんで、自慢の妻だ。




「さ、食べてね」



 ディナーとも呼べる豪勢な食事を、数ヶ月ぶりに家族全員でいただく。

 久し振りの家族三人で囲う食卓。
絵に描いたような、家族団欒だった。








 食後、母さんと父さんがワインのせいか、ほんのり頬を赤く染めさせていた。

 母さんはテキパキと食器を片付け、洗い物をしている。
母の自分ルールだが、自分で作ったものは自分または食べた人で洗うとのことで、使用人たちはそこに関与しない。


「詩暮、これ、最近取り寄せたんだ」


 父さんがふと、台所に行ったかと思うと、白磁のティカップに紅茶を淹れて、俺に差し出す。


「ストレートの、『ウバ』だ」


「ありがとう」


 俺は、淹れてもらったウバという紅茶を、早速口にする。

 父さんが淹れてくれて、飲んだことはあったが、爽やかなメントールの香りが、個人的に好きだ。


 ひな乃の淹れてくれるのとは少し風味が違うが、なんとなく似ている。もしかすると、ひな乃のは、ブレンドなのかもしれない。



「それでな、詩暮、急ですまないが“茶会”があるんだ」


 __茶会。
いわゆる、パーティのようなもので、豪華絢爛な装飾を施し、豪勢な食事や飲み物の出される、駿河主催の晩餐会。


 駿河家では、どういう訳か昔からのならわしで、そのパーティを“茶会”と呼ぶ。



「新車の発表会も兼ねて、氏家物流や藤原工業社などの面々を呼ぶ予定で、結構な規模になる。

詩暮がなにか、特別なことをすることはないが、そろそろ、こういうのにも、出来るだけ顔を出した方が良いだろう」



 跡継ぎの息子として、茶会には参加したことはあった。
しかし、父の口ぶりからして、俺の参加したものよりも、大規模で重要なパーティ__新車発表会なのであろう。


「帝京ホテルの会場を貸し切って行う。再来週の日曜日、どうだ?」


「……うん、参加するよ」


 二つ返事で承諾した俺に、父さんは無言で頷いた。


 その顔を見ると、明らかに疲労困憊した様子で、少し、痩せたように見える。

 年齢より若く見える父だが、やはり、昔よりは疲れやすくなったのだろう。目元に小皺もある。

 俺と同じ、黒髪にも少々白髪が混じっているのが確認できた。