相模は論説めいたことを語り、一息つくと、身体をこちらに向ける。


「人は学んでいく。だから、駿河くんなら、その知略から抜け出せると思います」


 そして、細い指で長い前髪を捌け、案外呆気無く、ヴェールに包まれた素顔を曝け出した。



 深淵のような闇色の物憂げた眼差し。一切の生気を放っていなくて、見ているこちらの胸が痛くなる。

 卓抜の美貌だからこそ、陰鬱とした表情は際立ち、ある種の戦慄を俺に与えた。



 彼女は何を思い、俺に語るのだろうか。



「…ねぇ駿河くん。あの人は誰か、もう分かりますよね。
お願いします。あの人から、どうか、離れてください」



 か細い方肩が震える。陰にこもった声、露命を繋ぐ彼女。


 «あの人»は、あの、後輩なのだろうか。清廉潔白で、傾園の美女と謳われる、あの__?


 でも、相模はその人を知らないと、前に聞いた時きっぱりと告げたはずだ。

 やはり、あれは嘘なのか。名を口に出すのもおぞましいのだろうか。



「甘い汁を吸うあの人も私も、いつか終焉を迎えます。だから、どうか、離れてください」


「相模、さん…?」



 相模は何を思ったのか、依然動じない俺にもたれ掛かり、対面するような形で俺の胸に縋った。

 片手で俺の胸襟を握り、もう一方で拳を作り、懇願するように何度も、優しく殴る。

 弱々しい打撃。



 長い髪が、俺の身体にさらさらと零れて揺れる。
儚くて、美しくて、気付くと俺はその髪に、つい手を伸ばした。

 一本一本が細く、長いのに傷みのない髪。



 __『その女は、死神です』
そう言った彼女は、相模を俺から遠ざける。

 __『どうか、離れてください』
今、目の前にいる弱々しい彼女は、«死神»は、あの人から離れろと、に訴える。


 お手上げだ。どちらの言うことを信じればよいのか。


「俺は、……分からない」


 相模は、今度は俺の肩に両手を乗せた。

 そして、俺を見上げた彼女の目に、絶句する。



 __殺意でもあるような、激情の浮かぶ睨み目。相模がこんな風に表情を変えるのは、初めて見た。

 鋭い刃を首元に当てられたみたいな、冷ややかな汗が流れるのを感じ、相模から視線を逸らす。

 
 しかし、相模は表情とは裏腹に、まるで恋人にそうするみたいに、俺の頬に手を当てた。



「この顔を見て、思いませんか」


「え?…キレイだけど」


 相模はそうじゃない、という無言の圧力で俺を見据える。


 言わんとしていることは分かる、痩せこけて、青白く生気のない部分を俺に突いて欲しいのだろう。

 そうして、あの人に、俺を恐れおののかせたいのだろう。


 しかし、不健康的だ、などと本人に面と向かって言えるはずもなく、暫しの間、沈黙が続く。