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「私は、長い間、あの人に縛られ翻弄されてきました」



 11月初旬を迎え、寒々しい空気の図書室。


 清條院学園には、全館 冷暖房が完備されていて、図書室にも勿論あるのだが、

この、卒業アルバムや小難しい哲学書などの並ぶ一角には、生温い空気すら行き届いていない。


 この薄気味悪いコーナーには 生徒おろか、司書さんだって滅多に訪れないだろうから、冷えていても問題ないのだ。



「それら、今もなお呪縛のように続いています。…いいえ、呪縛そのものです。

離れたくても離れられない__いわば、番鳥のように」


 長い前髪に隠された素顔は、今、どんな顔をしているのだろうか。

 ヴェールに包まれている、彼女の顔。
 俺は、それを一度だけ見たことがある。

 その顔は、驚くほど虚ろで、感嘆してしまうくらい美しい顔立ちなのに、生気がほとんど感じられなかった。



 彼女の羽織っている薄手のブレザーは、身体のラインがよく分かるため、痩せ細った肢体のラインが恐ろしく思えた。



 なんだかまるで__…。


 __『その女は、死神です』。


 忘れかけていたその言葉が、再び俺の頭の中でリピートされる。




「決して、ひけらかしている訳ではありません。

私が願うのは、ただひとつ。
まだ、何も知らないうちに、あの人から逃げてください」


 先週の約束通り、俺は水曜の放課後、図書室に再び訪れた。

 その時、相模は既に来て居て、前回と同じ位置に体育座りしていた。


 前回は俺の方が切迫したものがあったから気に留めなかったが、相模の痩せ具合は、過度だ。文字通り程度が過ぎている。

 ひな乃が彼女を死神と形容するのも無理ない容貌で、美しさの反面、恐ろしいほど儚くて、今にも絶えいりかねないように見える。

 佳人薄命とは言うが…不健康そうな印象から次第に俺は、相模は何かの病を患っているのかと疑いを持った。


 ほんとうに、それくらい痩せ細っていた。



「相模さん、あの人あの人言っても、具体的に名前を言ってくれないとやっぱり分からない」


 __ツガイドリ。相模は、そう例えていたが、番鳥は雌雄の鳥の喩えだ。もしかしたら、«あの人»というのは男なのかもしれない。


「そこは、私も悩んだところなんです。
でも出来ない。知らない方が、絶対にいい。


…駿河くんはご存知ですか」


「何を」


「昔から人は謀を巡らし歩んできました。
人の知性は他の生物と比べ、秀逸しています。善い意味、悪い意味、両方で。
古事記にもあるように、ヤマトタケルは知略を用いて、イズモタケルを友人にし、油断させ、不意討ちしました。

 __そのように、鋭い知略は既に、張り巡らされています」