ひな乃は湯気のたつ紅茶を見つめながら、考え込むような雰囲気を醸した。


 俺は、高校受験の合否が分かる時みたいな、ナーバスな気持ちになる。

 普通の人なら、こんなことでこうはならないかもしれないが、俺は、こんな風に誘うのは16年間生涯で、初なのだ。 しかも、相手はひな乃だ。

 唇を噛んで、その不安に耐える。



「ごめんなさい、せっかくのお誘いですけど、またの機会にお願いします」


 __不合格だった。



 途端に無念の悲しみが胸に広がった。

 ひな乃の言う、またの機会なんて、きっと社交辞令に過ぎなくて…今さっき考え込んだ時に、俺の家には行かないと判断したのだろう。


「急に悪かった」


「いえ、こちらこそ」


 なんとなく、お互いに殺伐としたムードを漂わせてしまう。

 いつになく気まずい空気が流れていて、俺は再び紅茶に口をつけた。





「ひな乃?」


 ティカップを持ったまま、ひな乃は俯いている。

 気まずさからそうしているのかと思ったが、カップを握った手が微妙に震えていて、紅茶も揺れている。

 俺とこの部屋で過ごす時、ひな乃はいつも的を射るような視線で堂々としているので、違和感が生じた。




「どうした」


 再び声を掛けると顔を上げて、小さく呻いた。

 苦悶に堪える表情は、異様なくらい色気があり、顔面蒼白なひな乃をよそに、不謹慎だが…そそられた。

 肩も僅かに震えていて、体調が悪そうなのは一目瞭然であった。



 眉を寄せ、肩を揺らしたひな乃は、ティカップを乱雑にテーブルへ置く。その拍子に、ほんの数滴だが、紅茶が零れた。


 俺は慌てて立ち上がり、ひな乃の座るソファの横に、見下ろす形で構えた。




「…先輩、隣に座ってくれませんか」


 呼吸は荒いものの、芯の通ったひな乃の声色。


「あ、ああ」


 こんな具合の悪そうなひな乃の言うことを、聞かない訳にはいかない。

 肩を上下させる彼女の隣に俺は腰掛けた。



「__ごめんなさい、失礼します」


 と、落ち着いた声で俺に告げた後、ひな乃はコツン。俺の肩に頭を傾げ、体重を預けてきた。


「っ?!」


 思わぬ行動に、あんぐりと口が開いてしまった。

 明石 ひな乃が俺に寄り添った。
体調が優れないとはいえ、傾園の美女などと呼ばれる、この学園で高嶺の花のような存在の、明石 ひな乃が。



 しかし、喘ぐような艶めかしく、せわしい吐息が、引力のように俺を現実へと引き戻す。


 脂汗が浮かんでいて、苦しそうだ。






 __確かに感じるひな乃の体温。


 それは、俺の心を融解していった。