パンドラと恋慕





 円谷の顔を見る。


 __『毒牙をちらつかせた人物』。


 相模の言うことを信じた上でのことだが、円谷も、その人物の疑いがあるのだ。

 円谷が、なにかの企みを持って俺に近づいているとしたら__?


 思わず、無垢な瞳をこちらに向ける円谷に、嫌疑を掛けそうになった自分に憤りを感じた。


 円谷は、普通に会話をしてくれた、生まれて初めての友だちだ。疑うだなんて、白々しいにも程がある!



 相模が悪意を持って俺に嘯いたとは考えにくいが、はいそうですかと従う訳にもいかない。

 来週の水曜、真意をなんとしてでも聞き出そう。













 放課後が訪れ、俺は教室から出て真っ直ぐ一階へ向かった。

 ひな乃に占拠された蔵書室こと物置部屋へと足を進める。


 一階のエリアにあるのは、保健室や ほとんど使われていない第一視聴覚室、そしてひな乃の陣取る空き教室などである。 ちなみに物置化した倉庫的な部屋は、蔵書室を含め5つも存在する。

 また、来賓を案内する、応接室も設けられていて、悠々としている。




 俺は、蔵書室の扉の前で足を止め、用心深く辺りの様子を伺った。

 誰かに見られて、勝手に教室を使っていることを教師にチクられでもしたら、大目玉を食らうのは目に見えてるので。


 そして、今朝もそうしたように、ポケットから鍵を取り出し、ドアノブの中心の鍵穴に差し込み、解錠した。




「__ひな乃」




 今朝とは違って、ひな乃の姿は確かにそこにあった。
 何とも言えない、空腹感が満たされていくような安心感を得る。


 ひな乃はドアに背を向け、台所風のテーブルでせっせとティカップの用意をしていた。

 …この部屋に水道は通っていないので、ティカップは使ったその都度、洗って持ってきていると、ひな乃は言っていた。



「先輩」


 平然たるひな乃の声色。
 こちらに身体を向き直すことなく、ひな乃は戸棚を開けるために背伸びをした。


「お湯を沸かしているところですので、座ってお待ち下さいね」


 俺は素直にソファに向かい腰掛ける。

 すると、ひな乃は戸棚からティバッグの袋を出し終え、戸棚をパタリと閉めた。




 ベージュ系のベストをワイシャツの上に重ねていて、暖かそうだが、黒一色のスカートは膝上丈で脚は冷えないのかと思う。

 まだ冬と呼べる日にちではないが、日に日に寒さは増している。

 短いスカートの下に、膝までの白いソックスだけしか守るものがないなんて、俺には信じられない。



 他に見るものがないので、俺は、そんなひな乃の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。