パンドラと恋慕





 とても虚妄の言には聞こえない。

 表情や声色には表れていないが、相模の雰囲気から自信が滲み出ている。


 ひな乃と知り合いじゃないのに、ひな乃は何故相模を«死神»と言い、忌むように«蛇»だの«毒牙»だのと語ったのか?

 個人的な恨みでもあるのだろうか。


「じゃあもう一個質問してもいい?」


 相模が俺を見据える。しかし、有無は言わさない。


「なんで、廊下ですれ違った時、俺に__可哀想に、私と同じ。って言ったの?」


 忘れたとは、言わせない。実際には言わないけど、鋭い視線を浴びせた。


 相模は微動だにしない。なにか考えているようで、視線は俺の顔を見ているけど、虚空を見つめている、そんな感じだった。



「あれは…その」


「…なに?」


 そこで初めて聞く、相模の濁すような口調。
なんだか形成逆転した気分になった。



「あれは__失言でした。お気になさらずに」


「いや でも、あんな風に言われたら気になるだろ」


「どうしても知りたいですか?」


 __お前にその覚悟があるのか。

 そんな意味も含めた発言に、少したじろぐ。


 ふと、俺の頭の中にひな乃の姿がちらつく。


 赤い薔薇を咲き誇らせたようなひな乃。
 青い薔薇を撒き散らしたような相模。


 色は違うけど薔薇は薔薇。
 ふたりは、きっと、全く違うようで似ている。
 似ているようで全く違う。


 ふたりは、対なる関係にある。

 そんな気がしてならない。


「あぁ、知りたい」


 そんな俺の心とは裏腹に、本能は警鐘を鳴らす。


 知ってはいけない、知ったら戻れなくなるし、お前は崩壊の道へ進むことになる。相模の言う通りにすれば良いのに。

と。


 しかし返ってきた返事は意外にもすんなりとしたものだった。


「ならばヒントをあげます。そうですね__来週の水曜日、放課後にこの場所へいらしてください」



 俺は鼻呼吸で、年季の入った本の匂いを吸い込んだ。


「それと、絶対に、守って欲しいのですが…
ここで私と会って話したことは“誰にも”話してはなりません」


「誰にも?」


「例え、友だちにも家族にも…。

あと、駿河くんとその人が友人なのか分かりかねますが、«明石 ひな乃»さんにも、断じて語ってはいけません」



 絶対に、断じて 話してはいけない。
 相模と会ったこと、話した内容すべてに於いて。



「それと、忘れてないかとは思いますが、その迫り来る脅威の人物から、離れて下さい。

駿河くんに関わる人、家族は省きますが、必要以外関わらないでください。

先ほど談笑していた友人とも、«明石 ひな乃»さんとも、この学園で人と親密な間柄になってはいけません」




 __絶対に。断じて。