3月も終わりを告げようとしている。
きゆがここに帰ってきたのは、大みそかの前日だった。
長年勤めた池山総合病院を自主退職し、住み慣れた小さなアパートも綺麗に片付け、流人の住む東京の街にさよならを告げた。
粉雪が舞う暗くて寒い日だったが、きゆは自分の人生を見つめ直すためにも東京を離れるしかなかった。
もちろん、流人に出発する日を伝えるはずもなく、流人に裏切られできてしまった心の傷を必死になだめながら、飛行機に乗ったことを昨日のことのように覚えている。
きゆはこの島の春の季節が一番好きだった。
この島に、唯一、一本だけある桜の木が満開を迎えるから。
海が見下ろせる小高い丘の上に立っているその桜の木は、一年に一度だけこの島に春を届けてくれる。
もうそろそろ、その桜の花が見れるだろう…
きゆが病院の受付に座っていると、突然、病院の電話が鳴った。
「もしもし、田中医院ですが…」
「あ、足立さんですよね?
私、役場の人事を担当している三上というものですが、あの、急に、そちらの病院に来てくれる先生が決まりましたので、その報告で電話しました」



