流人は老健施設へ向かうちょっとしたドライブに心が踊っていた。

きゆにとっては見慣れた風景でも、流人にとっては全てのものが新鮮で興味深い。
この島の海岸線は砂浜より岩場が多いため、岩に打ち付けられ白い波しぶきをあげる海の姿は、流人の中で島独特のダイナミックな景色として心に残った。

流人は車の窓を全開にして、まだ肌寒い海の風を大きく吸い込む。


「流ちゃん、見える?
あの山の途中にピンクの大きな桜の木があるのが。
よかった~、凄い満開だ~~」


流人は奇跡としか言いようがないその美しい光景に目を奪われた。
下には真っ青な海の青があり、背景は木々の濃いグリーン、そして、そのど真ん中でピンク色の大きな塊は世界を我が物にしていた。


「この島の全ての生物が、この季節にしか咲かない唯一の桜の木にゾッコンになるのが分かるよ。
もちろん、その生物の中に俺も入ってる」


きゆは運転をしながら隣に座る流人をチラッと見ると、なんだか魂の抜けた顔をしている。


「流ちゃん、大げさだよ~
東京にだって綺麗な桜はたくさんあるでしょ」



「きゆ、俺、この島、好きだわ…
ってか、俺は、きっと、こういう自然の中が性に合ってるのかもしれない」


流人は、自分がきゆを求めてやまない理由を、今、ここで分かった気がした。