11月15日、治療のため入院。

「りお、体調どお?」

「うん。大丈夫」

とはいっても、やっぱり吐き気はすごいし、髪の毛も抜け落ちていく。

入院してたった1週間の間で、変わり果てていく自分の姿。

鏡に映るたびに、嫌になって、目を反らしてしまう。

こんな姿、見たくないから、、、。

「現実なんだ」って思いたくないから、、、。

だから、ニット帽をかぶって、明るく振る舞う。

そうしないと、辛さと現実に押し潰されそうになる。

「お母さん、姫(ひいな)は元気?」

「姫(ひいな)?姫は元気よ。最近は、『もうすぐ誕生日』って騒いでるわ」

「そっか。誕生日まで3日だもんね」

「りおも一緒に祝えるかしら?」

「どうだろう?わかんない。体調次第だと思う」

「そうよね」

私は願った。

姫(ひいな)の誕生日を一緒祝えることを。

「でも、今のところ、体調いいから、この調子でいけば祝えるかも」

「なら、今の体調をキープしとかないとね!」

「うん」

でも、現実は、そう甘くはなかった。

11月25日、姫(ひいな)の誕生日当日。

容態が急変し、退院はできなくなった。

「ゲホッ、、ゴホッ」

「大丈夫?りお?」

「お、、お母、、さん。姫(ひいな)に、、会いたい」

「分かった。お父さんに連れて来てもらえるように頼んでみるから、待ってて」

母は、さっそく、父に連絡を取り姫(ひいな)を連れて来てほしいと頼んだ。

「お父さんに頼んだら、『すぐ連れてくるから』って、、」

「分かっ、、た」

「姫(ひいな)が来るまで、少し休んだら?」

「ううん。、、大丈夫」

「無理しないようにね!」

「うん」


母とそんな会話をしていると、父と姫(ひいな)が病室に入ってきた。

「ママ~」

「姫(ひいな)、お誕生日おめでとう」

「姫(ひいな)、3才になったよ!すごいでしょ?」

「本当、お姉さんになったね!」

3年前までは、あんなに小さかったのに、気がつけばもう、3才になっていた。

子どもの成長は、本当にはやくて親としては、嬉しい。

でも、自分から離れていくのは、寂しい。


「ママ、今日一緒にケーキ食べれる?」

「ううん、ごめんね。今日一緒に食べれないんだ。
だから、今度一緒に食べよう?」

「うん。約束だよ?」

「約束!」

「ねぇ、ママ。ママはいつお家に帰ってくるの?」

「もうちょと、先かな?」

「それ、いつ?」

「ん~、ママもわからないんだ。お医者さんに聞かないと、、」

「なら、ママまだお家に帰ってこれないね」

「ごめんね、姫(ひいな)。でも、ママすぐ戻ってくるから、待っててね」

「うん。ママがお家に帰ってくるの待ってる」

そう言った姫(ひいな)の顔は、どこか不安そうだった。

「大丈夫、ママはいつも姫(ひいな)の側にいるよ。
姫(ひいな)がママのこと忘れない限り、姫の心の中にいるから。ね!」

姫(ひいな)の不安が消えるように、私がいつも側にいることを伝えた。

今の姫(ひいな)には、『お母さん』という存在は絶対必要な存在。

これから色々な感情を覚えていく大切な時

期に、『お母さん』という存在を必要とす

る時に、私は癌になってしまった。

愛情をそそがないといけない時にそそげていない。

それどころか、いつ死んでもおかしくない状況にある。

私、何やってるんだろう。

今の姫(ひいな)には、私しかいないのに、、。

「ママ、どうして悲しい顔してるの?」

「えっ?」

「ママ、泣いてる」

「泣いてる?」

姫(ひいな)の言葉を不思議に思いながら、自分の頬を触る。

「ほ、本当だ!」

私の頬は確かに、涙でぬれていた。

「ママ悲しいの?」

「ううん、大丈夫」

そう言って、私は姫(ひいな)の頭を撫でた。

「ママ、大好き!」

その言葉を聞いた瞬間、私の手が姫(ひいな)から離れた。

そして、姫(ひいな)の言葉が私の頭の中で何度もくり返し流れた。

「ママ?」

「、、、ごめんね。今日はジイジと一緒に帰って?」

「イヤだ、イヤだ。ママといたい!」

「ダメ。今日はジイジと帰るの。姫(ひいな)ならジイジと帰ってくれるよね?」

「、、、うん」

そう言うと姫(ひいな)は、しょんぼりしていた。

「お父さん、姫(ひいな)のことお願い」

「分かった」

そして父は、姫(ひいな)を抱きかかえ、病室を後にした。

姫(ひいな)は、ずっと手を振っていた。

私の姿が見えなくなるまで、ずっと。

そんな健気な姫(ひいな)の姿を見て、涙がこぼれた。

「ごめんね、姫(ひいな)。本当にごめんね。こんな母親でごめんね。
愛してるよ」

静かな病室に、私の泣き声だけが響いた。


「お母さん、一旦家に戻るけど、何か持ってきてほしいものない?」

「、、、カメラ。ビデオカメラ持ってきてほしい」

「ビデオカメラね!分かった」

そう言うと母は、病室を後にした。

私は一人『ボー』と空を眺めていた。

「神様がもし本当にいるのなら、私の病気治して、、、」

まだ3才になったばかりの姫(ひいな)に、悲しみを与えないで。

姫(ひいな)から母親を奪わないで。

私が『死ぬ』ということは、姫(ひいな)から母親を奪うことになる。

それでも、私を連れていくというのなら少し時間をください。

少しでいいの。姫(ひいな)に残したいものがあるから、それさえ残せたら、連れていっていい。

だから、それまでは連れていかないで。


『コンコン』

「はーい」

「入るわよ?」

「、、お母さん、普通に入ってくればいいのに、、、」

「りおが『ボー』としてるから、、。

ビデオカメラ、机に置いとくね」

「ちょっと待って」

「何?」

「私を撮ってほしい」

「りおを?」

「私のここでの生活風景を撮ってほしいの。
笑ってる時も、泣いてる時も、苦しんでる時も、、。

その映像は、私が生きた証しになる。

だから、お願い。お母さん」

すると、母は首を振った。

「何で?」

「そんなの決まってるでしょ!

娘が苦しんでる姿を撮りたいと思う親がどこにいると思う?

そんな親、どこを探してもいないわ!」

「お母さんの言うことも分かる。

でも、撮ってほしいの。

撮らなきゃダメなの。

苦しんでる姿も含めて「私」なんだから」

「りおは、どうして撮ることにこだわるの?」

「それは、その映像を姫(ひいな)に残したいから。
大きくなった姫(ひいな)に見てもらいたいから。

私を、、私の全てを知ってもらいたい。

それが、私の出した答え。

それが、今の私にできること」

私の言葉を聞いた母は、ため息をついてこう言った。

「分かった。貴女の言う通り、撮るわ。

本当はすっごく嫌だけど、仕方ない。

貴女がそこまで言うんだもの。

撮るしかないわ」

「ありがと、お母さん。私の気持ち理解してくれて」

「理解したんじゃないわ。理解するしかなかったのよ。

私も貴女と同じ母親だから。

娘に何か残したいって思う気持ちは、私も同じ。

だから、貴女の気持ち分かっちゃったのよ」

「ありがと、ごめんね」

「いいのよ、別に」

こうして、私たちの絆は、いっそう深まった。