一年前、癌が見つかった。
余命半年と告げられた。
この時私は17歳で、娘はまだ2歳だった。
「先生、娘は助かるんでしょうか?」
私の母は、先生に命が助かる可能性を一番に聞いた。
きっと、母は、知っていたのだろう。
私が娘のことを一番に考えることを。
ずっと、この先も一緒にいたいと思っていることを。
「おそらく長くもっても、半年かと、、、」
「半年、、、、ですか?」
「はい」
先生がそう答えると、母は、両手で顔を覆い、涙を流した。
そして、こう言った。
「なんで、何でりおなのよ!
りおにはまだ2歳の娘がいるのに‼」
母のその言葉を聞いて我慢していた涙が一気に溢れだした。
「ごめんね、りお。代わってあげられなくて」
「ううん、いいの。、、、でも一つだけ頼みたいことがあるの」
「何?」
「私が、、、私が死んだら姫(ひいな)のことお願い」
すると、突然母が「ぎゅっ」と私を抱きしめた。
「当たり前でしょっ!私が責任もって育てるから心配しないで」
「ありがと、お母さん」
今までずっと、ウザイだけの存在だと思っていたお母さん。
でも、気がつけば、苦しい時・悲しい時、いつも側にいてくれたのはお母さんだった。
影で支えてくれたから、今の私があって、どんな試練も乗り越えられたのかもしれない。
そう思うとお母さんには感謝してもしきれない。
「私、姫(ひいな)に何を残せるのかな?」
「貴女が残せるものを残せばいいのよ」
そんな私と母を見ていた先生が、こう切り出した。
「伊坂さん、抗がん剤治療を受けてはみませんか?」
「抗がん剤治療って副作用で吐き気や髪の毛が抜けるやつですよね?」
「はい。でも、抗がん剤治療は、延命治療でもあるんです。
余命半年でも、抗がん剤治療受けることによって、余命を延ばせるかもしれないんです」
「、、、分かりました。抗がん剤治療受けます」
「では、来週あたりから、、」
「はい」
『余命を延ばせるかもしれないんです』
先生のその言葉が、抗がん剤治療を受ける決め手となった。
少しでも長く生きれるのなら、、、と思い決断をした。
「日にちが決まり次第、電話します」
「お願いします」
こうして、私の診察が終わった。
帰り、私は母に肩を支えてもらいながら帰った。
「ただいま」
「ママ~」
「姫(ひいな)、お利口さんにしてた?」
「うん」
そう言うと姫(ひいな)は満面の笑みを見せた。
「ねぇねえ、ママ。どうして病院行ったの?」
「それはね、身体に悪いバイキンがいたから、病院に行ってやつけてもらったの」
「もう、悪いバイキンいないの?」
「うん。病院の先生がやつけてくれたからいないよ」
「良かったね、ママ」
「病院の先生に「ありがと」って言わないとね」
「うん」
すると、ソファーで寝ていた父が目を覚ました。
「ん?帰って来てたのか?」
「ちょうど今、帰ったところ」
「そうか。、、、結果はどうだった?」
「、、、余命半年って言われた」
「余命半年!?」
『余命半年』と聞いた父は、顔を歪ませた。
「うん。でも、抗がん剤治療受けるから大丈夫」
「いつから受けるんだ?
その抗がん剤治療ってのは」
「来週からの予定」
私がそう言うと、父は姫(ひいな)に視線を向けた。
「どうするんだ、姫(ひいな)は?」
「その時だけ、お母さんとお父さんにお願いしたいって考えてる。
迷惑かもしれないけど」
「そんなことない。お母さんもお父さんも迷惑なんて思ってないから、どんどん頼っていいからね。
そのための親なんだから」
そう言うと母は、優しい笑みを浮かべた。
「りお、父さんからのお願いだ。
お前が治療している間、姫(ひいな)の面倒は、母さんと父さんで見る。
だからお前は治療に専念してくれ。
姫(ひいな)のためにも、自分のためにも」
さっきまで、黙って私と母のやり取りを聞いた父が口を開いた。
父は普段、無口な人で、自分の気持ちを口で伝えることがほとんどない人だ。
そんな父が『姫(ひいな)の面倒は、見る』『治療に専念してくれ』と言ってくれた。
驚きと、嬉しさが込み上げてきて、唇を噛み締めてないと、涙が出てきそうだった。
「あり、、がと」
「礼なんていい。礼を言うなら、完治してからにしろ」
父のその言葉に、『コクン』と頷いた。
この時、私は改めて感じた。
両親は、強く優しく愛に溢れていることを。