(キュリオ様……なんてお顔を……)

 民や聖獣を愛する王の愛はどこまでも深く、全て平等に向けられているものだ。そして等しく愛しているからこそ、それらに優劣はない。

 彼にとって特別な存在など皆無なのだ。

 そんな彼を立派な王だという者がほとんどだが、彼の傍で従事する者たちはそう思わない。いくら王といえど、人並みの幸せを得てもよいのではないかと感じているのだ。もちろん王が伴侶を持ってはならないという誓約はなく、彼が一人身なのは心惹かれるような女性と出会っていないことと、……とある問題が関係しているからだと思われる。

「キュリオ様、そのお方は姫ですかな? それとも王子ですかな?」

 背後から声をかけてきた初老の大臣にキュリオが振り返ると、彼は孫を見るような優しい瞳で赤ん坊を覗き込んだ。

「この愛くるしい表情はきっと……プリンセスだよ」
 
 幸せそうに囁いたキュリオ。
 赤ん坊が驚かぬようにと声の大きさを気遣う優しさをみせた。

「では、女官らにプリンセスのお召し物を用意させましょう」

「あぁ、よろしく頼む」

 再び自室のある最上階を目指すキュリオ。
 最上階へ立ち入ることを許されているのはごく僅かで、王の部屋へ入室を許可された者はさらに少ない。身の回りの世話以外で女性を招き入れたことは一度もなく、赤ん坊と言えど例外はなかった。

 体力も魅力も桁外れの彼は、呼吸を乱すことなく百以上の階段を滑るように上がっていく。

 そして最上階。
 正面のバルコニーから夜の帳が降りた藍色の空が見える。

「……常春の悠久とて夜は冷える……」

 "もし、この子が一晩寒空の下に置き去りにされていたら……"と考えると胸が痛んだ。

 悲しそうな瞳でバルコニーを横目に歩いて行くと、薄暗い視線の先に一際重厚で豪華な扉が見えてきた。キュリオは迷うことなくその中へと入っていく。片手で扉を閉め、腕の中で丸くなる小さな赤ん坊を両手で抱えなおした。

 そして部屋の奥へと歩みをすすめ、扉をくぐる。
 大きな脱衣所へ到着すると、外套にくるまれた赤ん坊をあやしながら自身も上質な衣を脱いでいく。

「体が冷えてしまうな……」

 その言葉にきょとんと瞳を丸くした愛くるしい幼子を抱き上げ、さらに扉をいくと……沸き立った白煙の中へ足を踏み入れた。

 片足を湯の中にいれると、ほどよい温かさがじんわりと体中を駆け巡る。
 キュリオの力により癒しや浄化作用をもったこの湯ならば浸かるだけで十分素晴らしい効果が得られるため、あえて体を洗う必要はないのだ。

「お前は熱くないかい?」

 手ですくったわずかな水滴を赤ん坊の体にかけてみる。
 すると、きゃっきゃと声をあげて頬を染める幼いプリンセス。

「あぁ、気持ちがいいね」