三度目の調査報告を終えた数人の家臣は主の命令を待ち、出尽くした報告書を手に後方で待機している。

「いや、もう十分だ。この調査は今後一切不要とする」

「ハッ!」

王の命を受けた彼らは深く一礼し、元来た道を引き返していく。その後ろ姿を不安げに見守るのは少し離れた場所にいる女官や侍女たちだった。

「あの子の両親が見つからないんだわ……」

「可哀想に……」

彼女らの心をとらえて離さない幼いアオイの存在は、短時間で誰もが愛おしく守りたいと思うほどまでに大きくなっている。なんとかしてやりたいのは皆同じだが、他国へ調査協力を願いでている現在、その身元が明らかになるのは時間の問題であると言えよう。
 すると考える素振りを見せていたキュリオは思いついたように顔を上げ、穏やかな青空を仰ぐ。

(やつ(ヴァンパイアの王)はどこから飛び立った? 日の光が苦手なヴァンパイアがわざわざ出向いてまでこの国に来た理由は……すでに書簡がやつの手に渡っていたとしたら……」

彼の姿が見えた上空から徐々に視線を落としていくと、たった一ヶ所に違和感を感じる。キュリオの視線の先にあるそれは、何者かが内側から出てきたようにカーテンが零れてその身を揺らしている窓がある。

(執務室か)

「……?」

不思議そうに顔を覗きこむアオイを腕に抱いたままキュリオは城内へと足を踏み入れ、追いかけてくる侍女たちがその速度について行けぬほど足早に階段を上がっていく。上層階にたどり着くもまったく呼吸を乱していない彼はそのまま執務室の扉まで歩いて行くと、先ほどまでそこにいたであろうヴァンパイアの王の姿を想像し、怒りにも似た感情で重厚な扉へ押し入る。
すぐさま窓辺へ近づき開いた窓から乱れ揺れている薄布を片手で直すと、白い机の上に置かれた禍々しい黒羽が視界に飛び込んできた。そしてその脇に置かれた一枚の紙を手に取ると"該当者なし"の文字が視界に飛び込んできた。

「……アオイがヴァンパイアではないことはとっくにわかっていた」

キュリオは忌々しそうに顔を歪め、ぐしゃりとその紙を握り潰す。

「仮にもしそうだったとしても貴様になど絶対に渡しはしない……っ!!」

普段の優しいキュリオからは想像もできぬほどゾクリとするような声色だ。すると胸元に抱かれている幼い少女は不安そうに眉をひそめ、ひとり悲し気にその瞳を揺らすのだった――。