――穏やかな風が頬をなで、浅い眠りから覚めた千年王は長い睫毛をゆっくり開く。そしてそこにはいつもと変わらぬ美しい精霊の国の景色が広がっているが、そんな風景さえ彼の心を動かすことはできない。

『…………』

しばらく無言のまま遠くを見つめていると、眼下から様子を伺うような視線が向けられていることに気づく。

『……王……』

声のしたほうへ視線を向けると、光の精霊である彼女が悠久の王への返事を待っているのだとようやく思いだす。

『……神殿に戻る……』

『御意』

王の言葉に従い、すでに姿が見えぬ彼を追って光の精霊は急いで#主__あるじ__#の向かった神殿へと移動する。
 日の光が燦々と降り注ぐ壮大な神殿に入ると、最奥にある滅多に座らぬ深掛けの玉座へと彼は腰かけていた。羽ペンを取り出し、流れるような動作で短い言葉を記すと、どこからか持ってきた封筒へ静かにしまう。

『……悠久の王へ』

『ただちに』

無駄のない動作でやりとりを済ませると光の精霊はすぐさま神殿をあとにする。

『…………』

何をするでもない精霊王は長い足を組み、キュリオの書簡の内容を思い出し呟く。

『……人の子がこの国の者であるわけがなかろう……』

音のないため息をつき、座り慣れていない金縁の背もたれへと体を預ける。すると、正面の扉から現れた水の精霊が果実酒なるものを入れた美しい杯を彼へと差し出す。

『…………』

言葉なくそれを受け取った彼は数ヶ月ぶりの飲料に喉を潤わせるが、何を口にしても何の感動も感情も沸いてこない。こうして千年以上、生きる意味も日々の楽しみも感じず王としての時間をただ過ごしていた。

『……久しぶりに悠久の王へ会いに行かれてはいかがです?』

気持ちの優しい水の精霊がそう言葉を発する。彼女はたびたび精霊王の世話をするためにこの神殿に足を運ぶが、いつも浮かない顔をしているこの偉大な王を特に気にかけていた。

『……会う理由がない……』

静かに言葉を残すと精霊王は音もなくその場をあとにする。

『理由など……』

水の精霊は悲しげに視線を下げ、主(あるじ)の飲みほした杯を片付けはじめる。
 唯一交流のある悠久の王とすらこの千年王は数十年の間顔を合せていない。そして彼は自らの心の内を話すような人物ではないため、長年抱えているであろう#愁__うれ__#いを晴らすことなく流れゆく時間に身を任せていた――。