――早鐘を打つ鼓動を落ち着けるように深呼吸を繰り返した彼は震える手で扉をノックした。

コンコンッ

「……キュリオ様、おはようございます!」

やや大きめの声を掛け、呼吸を整えながら内側からの反応を待つ。

「…………」

しかし、期待した声どころか物音すら聞こえてこず、大臣の焦りは頂上に達してしまった。

「ま、まさかっ……キュリオ様……」

ふと不吉なことを想像してしまった彼は居ても立ってもいられず、ノブへと手をかけると力いっぱい扉を開いた。

「失礼いたしますぞっ!!」

そして飛び込むように駆けこんだ先に見えたのは……真っ白な上質の衣に身を包み、力無くベッドに横たわる王の姿だった――

「……っ!! キュリオ様!!!」

悲痛な声を上げ、慌てた大臣はベッドへ駆け寄り王の体を大きく揺する。
王の御身に触れるなど本来無礼極まりなく、恐れ多い事この上ない愚行にあたるが、彼は他国の者かもしれないこの赤子に対しひどい警戒心を抱いているのだ。

「だ、誰かおらぬかっ!!」

なおも激しく騒ぎ立てる彼の声に、落ち着いた声と手がそれを遮る。

「……騒ぐな。何事だ」

艶やかな銀髪をかきあげながら上体を起こしたキュリオは片膝を立て、珍しく不機嫌な様子で隣にいる大臣を睨んだ。
それもそのはず、傍らには気持ちよさそうに寝息をたてる幼い赤子の姿があるからだ。

「キュ、キュリオ様!!
……ハッ! も、申し訳ございませんっっ!」

急いでベッドから離れた大臣は、床に額を擦りつけるように平伏せると……

「……そこまでしろとは言ってないぞ」

キュリオは大臣に向けた鋭い目つきを緩めると、隣で眠る幼子へと視線を移動させた。
左手で彼女の柔らかそうな前髪を梳き、小さな体にシーツを掛け直す。

彼女を見ていると知らず知らずに顔をほころばせてしまう自分がおり、それが心地よくもあり……また怖くもあった。

(……間違いなく私はこの子に依存し始めている……)

そんなことを考えているキュリオの耳に強めの大臣の声が響いた。

「な、なりませんっ!
その赤子は悠久の民ではないのかもしれないのですっっ!!」

ピタリと手を止めたキュリオは驚いたように振り返り、苦悩に歪む彼の顔をじっと見つめる。

「……なに?」

キュリオは怒るかもしれない。だが一度調査で出てしまった結果は、覆る事実がなければそれが真実となるのだ。

「……っ申し上げます!
先程でた調査結果にて、悠久には不明者を含めそのような赤子はいないことがわかりました。で、ですからっ……」

王の反応を見る限り、期待に応えることのできなかった報告であることがわかる。
キュリオの怒りを目の当たりにしたことのない彼は、未知の恐怖に恐れ慄きながら続けようとするが……大臣の言葉が最後まで終わる前にキュリオが口を開いた。

「ならば他の国にも伝達し、早急に調査を要請する。執務室へ向かうぞ」

そういうとぴったりくっついて眠っている幼子の体を抱き上げ、ベッドの脇にかけられたストールを手に立ち上がる。
すると、キュリオに抱き上げられた振動で目を覚ました赤子は定まらない焦点で王の顔を見上げた。

「……ぅ、」

寝惚けているような声をあげ、ゆっくり瞬きを繰り返す彼女にキュリオは優しく微笑む。

「起こして悪かったね、私と一緒に来てくれるかい?」

そう伺うように囁くと一瞬考えたらしい赤子はパチリと目を丸くし、すぐに喜びの声と眼差しを向けてきた。

「きゃぁっ」

透き通る楽し気な笑い声が上がると、頷いたキュリオは颯爽と部屋を出ていく。

そのあまりにも愛にあふれた自然な光景に大臣は我を忘れてほのぼのと見送ってしまう。
そして扉が閉まり、ひとり取り残されたことにようやく気づくと……

「……ハッ! お、お待ちください! キュリオ様!!」

と、大臣は縺もつれる足で慌てて部屋と出ていくのだった――。