「なんと……」

 ガーラントが驚くのも無理はない。
 魔導書というものは扱う者の意志により発動するもので、自らがその力を見せるなどあるはずがないからだ。そしてそれが唯一、悠久の民である確たる証拠として歓喜していたキュリオだが、内に秘めた不安はやはりダルドと同じ場所へ行きついた。

「素質が高いが故、というのなら問題はない。しかし……」

「……ふむ、場所まで定まっておられましたかな?」

「いや、ダルドの話では"魔導師の魔方陣"ということだけしかわからないようだった。君はどう考える?」

 まるで密談を繰り広げるように設置された灯りは極限まで落とされ、互いの顔がやっと確認できるほどに暗く、そのなかに浮かぶキュリオの端正な顔はただ娘を心配する父親のそれに見える。
 
「……むぅ。おふたりの話から儂が思うのは……
素質が高いが故、というのはちょっと違う気が致しますな」

 控えめに発言しながらも、<大魔導師>と称される悠久の頭脳が口を開いた。

「聞かせておくれ」

 王に否定的な意見を述べるのは無礼に当たる。
 しかし彼の右腕たるガーラントだからこそ許されることでもあり、キュリオも別の角度からの意見を求めているからこそ、こうして彼に相談しているのだ。

「……かしこまりました。
素質が高いと申されるのであれば、現時点でアレスを越える者はおりますまい。そのアレスでさえ魔導書自ら反応を見せず、ダルド殿の命によってようやく発動したのですじゃ。姫様の件が何故かと問われると難しいですが、歴代の持ち主の記録でもあれば或いは……」

 生きる歴史と例えられるガーラント。それは彼が数千年まで遡るほどの膨大なこの国の歴史を紐解いているからだった。
 そしてもちろんそれらの話をキュリオが知らないはずはない。

「私がセシエル様のもとで一時的な剣を授けられたとき、あの魔導書と似た物を持った人物がいた」

「ふむ、次代の王であるキュリオ様であれば、魔導書がそのような動きをみせても不思議はありますまい」

 早くも手掛かりがあったかと思いきや、キュリオは首を横に振って答えた。

「いや、一度たりともそのような反応は見ていない」

「……むぅ。そうなりますとあれを創った者でなければ理解出来ぬようですな……」

「なぜアオイに限ってこのようなことばかり……」

 変わらず胸を上下させ夢の世界へ羽ばたいている幼子にキュリオの瞳が悲しそうに揺れ動いた。

「だからこそ……かもしれませぬぞ」

「……どういう意味だい?」

 ようやく聞き取れるほどの声でポツリと呟いたガーラント。顔を上げたキュリオは怪訝な表情でこちらを見つめている。

「姫様は自分では抱えきれぬものを背負ってお生まれになったからこそ、キュリオ様のもとに来られた。そうは考えられませぬか?」