キュリオとガーラントが見守るなか、ダルドは下げているバッグから古木と小さな鉱物をひとつずつ取り出した。

『――汝、その姿を”知ある者の術芯”へと姿を変え……主(あるじ)となる"アレス"の力となり、彼を助けよ――』

 静寂の中、ダルドの低い声がこだまするように反響し、立体的に浮き出た魔方陣は光を放ちながらダルドの手の物を飲み込むように取り囲んでいく。

やがてその形が吸い込まれて姿を消すと、ダルドはパタンと魔導書を閉じて顔を上げた。

「あとは完成するのを待てばいい」

「……っ!」

 息をするのも忘れ、見入っていたアレスはハッと我に返って勢いよく頭を下げ、ダルドに感謝の言葉を述べる。

「あ、ありがとうございます! ダルド様!!」

「これが僕の仕事だから。キュリオ王、次は……」

 熱のない人型聖獣の声。
 すでに彼の視界にアレスは入っておらず、銀髪の王の姿のみを映していた。ダルドとの短い会話のなかで、アレスは彼という人物がなんとなくわかった気がする。

(ダルド様はこれが私やカイのお願いだったら絶対に聞いてくださらない。キュリオ様のお願いだから引き受けてくださったんだ……)

「あぁ、それでは私たちは一度失礼するよ」

 透明感のあるキュリオの声を合図に踵を返したダルド。
 ガーラントとアレスが深く頭を下げキュリオたちを見送ると、いつのまにか室内が暗転していることに気づく。

「あ……ガーラント先生、灯が落ちてしまったみたいです。見てきますね」

 古びた机の引き出しから真新しい蝋燭を取り出したアレスへガーラントが制止の声をかける。

「そう焦るでない。燭台をよく見てみい」

 ガーラントが周りへと目を向けるよう指示すると、顔を上げたアレスは瞬きをしてハッとする。

「あ、あれ……」

 歴史的価値のある書物らが痛まぬよう、光を取り入れる窓さえないこの部屋には燭台が数多く供えられているが、そのどれにも灯がともっている。

「ふぉっふぉっふぉ! アレス、お前さんの感覚は間違っておらん。あの御方らの放つ光に目が慣れてしまったのじゃよ!」

 ガーラントは懐かしそうに「儂も昔は同じ反応を見せたものじゃ!」と顔を綻ばせている。

「……っ! 先生っ……私、足が震えてっ……」

 机へと手をついて辛うじて立っているアレスへ椅子をすすめる大魔導師。

「うむ。お前さんは相手の力量というものを敏感に感じ取れるみたいだのぉ」

 ガーラントは感心したように幼い弟子の頭をひと撫でして続ける。

「感情がその行動を左右するカイの手綱を引いてやるのがお前さんじゃ。
よいか。……この先もし手に負えない相手が現れたら戦ってはならん。"戒め"の魔法に徹し、時間を稼いで儂かキュリオ様を待つんじゃよ」 

「……そ、それは例えばヴァンパイアの王……でございますか?」

 急に真顔になった大魔導師の忠告とも聞こえる助言。それはまるで特定の人物を示しているような気がしたアレスはその言葉の奥の真意を探る。

「その程度で済めば良いんじゃがな……」

 意味深な言葉を残して奥の部屋へと閉じこもってしまったガーラントを追いかけることもできず、ただアレスは"何が起こるかわからないいま、先生の言葉は肝に銘じておこう……"と、深く心に刻んだのだった――。