――ダルドは人型聖獣となった己の顔を湯にうつし、不思議そうに覗き込みながらもう一人の自分に触れようと腕を動かした。

パシャッ

軽快な音を奏でた水面は波紋によって歪み、そこに在りながらも触れることができない見慣れぬ姿はダルドにとって受け入れがたいものだった。

「…………」

呆然と湯殿の淵に立ち尽くしたダルド。
この広い泉の使い方こそ教えてもらったが、人として生きたことのない彼はその行為自体に躊躇いを隠せずにいる。

『ダルド様、お湯加減はいかがでございますか?』

ここまで案内してくれた侍女の声が扉の向こう側から聞こえた。

「……ゆかげん? それ、なに?」

人間の言葉をほとんど知らないダルドだが、自分が”感情”を口にしようとすると人の言葉を話すことが出来るのだと、短い経験のなかでわかったことだ。そしてそれがどのような原理なのかはわからないが、こういった聞き慣れない言葉を理解するには時間がかかる。

『そうですね、ええと……。熱かったり冷たかったりしませんか? という意味でございますっ』

「……どちらでもない、と思う」

『かしこまりましたっ! では、御用がありましたらいつでもお呼びつけくださいませっ』

ダルドのスムーズではない会話にも面倒臭がらず丁寧に言葉を返し、声に笑みを含ませた穏やかな対応をしてくれた侍女だが、体の緊張はなかなか解れてはくれない。

「……うん。わかった……」

崇高な客人の言葉に安堵して遠ざかる気配にダルドはようやく肩の力を抜くことが出来た。

「……キュリオの家は人が多い……」

ソロリと泉へ足を踏み入れると、足先からじんわりと広がった熱がダルドの冷えた体を誘うように優しく引き寄せる。
言われた通りに腰を下ろしながらゆっくり瞳を閉じると、ダルドはこの湯殿と呼ばれる場所へ来る前のことを思い返した。