「言っておくが……俺はキュリオみてぇに優しくないからな。獲物を傷つけられて気が立ってんだよ」

「うるさいっっ! あんたも一緒に死ねばいいのよっっっ!!」

 絶叫しながら突進してくるウィスタリアにそこまで呟いた青年は右手でアオイの体を抱え立ち上がる。
 それからの動作は一瞬だった。ヴァンパイアを狩る女神の如く勇敢……とは程遠い穢れた心。

「……卑劣で醜悪な魂だな。マダラが見たら喜ぶだろうよ。
女、なかなか悪くないが……忠告したぜ?」



 そのウィスタリアの攻撃を軽々と交わし、彼女の胸へと彼の強烈な蹴りが炸裂する。
静かに燃えさかる怒りを含んだ紅の瞳は優しさなど微塵も感じさせず、ウィスタリアは自身の 細い体が壁に激突する間際、世にも恐ろしい相手を敵に回してしまったと痛感した。

 感じたことのない心の臓を貫かれるような凄まじい衝撃。メキメキという不快な音が胸元から湧き出たかと思うと、自身の意志とは無関係に吹き飛んだ体に思考が追いつけない。

「……っっ!?」

(な、なぜ……っ!? ……た、たかがヴァンパイアごときに……っ!!)


――ドォォオンッッ!!


「ガハッ……ッ!!」


 バキバキといくつもの胸骨や背骨が砕ける鈍い音が室内に痛々しく響き、人命に関わる致命傷を受けたウィスタリア。血反吐を吐いた彼女の体は無残にも壁にめり込むように激しく叩きつけられたのだった――。

 静かな城に壁が崩れるような不似合の轟音が響き、侍女たちと共に通路を駆けていたキュリオは足を止めた。

「いまの音は……」

 胸騒ぎがどんどん大きく強くなっていく。
 なぜならその音はアオイが女官たちと待っているはずの部屋の方角から聞こえてきたからだ。

「……まさかっ……アオイッ!!」

「……お嬢様っ!!」

 焦りだしたキュリオの後を続く侍女たちも青ざめた様子で必死に彼の後ろをついて行く。


――ゆっくり足をおろした青年は赤子を両腕に抱き直し息をついた。

「こんなに小さいのにお前って結構嫌われてんだな」

「…………」

 青年の言葉をアオイが理解しているはずがないが、心なしか寂しそうに肩を落としているのだから不思議なものだ。

「このまま俺のところに来るか?」

「……っ」

 顔を覗き込まれ、彼の優しい視線に導かれたアオイは顔を上げた。

「っと、その前に……少しじっとしてろ」

「……?」

 首を傾げるアオイに妖艶な顔が近づき、目尻を柔らかい感触がなぞる。開いた傷口に青年の唇が触れ、痛みと驚きに小さな体はピクリと反射的に動いてしまう。

「……っ!」

「傷は治せないが痛みを快楽に変えることはできる」

 そして先程とは違う……熱く濡れた舌先が幼いアオイの傷口をいたわるように優しく滑っていった。