「その赤ん坊がなんだって言うのよっっ!!」


――ダッ!!


鋭利に尖った切っ先をアオイに向け、ウィスタリアは幼い少女めがけ勢いよく突進してきた。
もはや彼女を美しく着飾ったドレスも装飾品も憎悪にまみれ、どす黒く変色しているように見える。

(この女さえいなくなればっっ!!)

無防備な赤ん坊の背が血に染まる様を想像し、恐ろしい女神は束の間の悦楽に酔いしれ不気味な笑みを浮かべていた。



(――――……何故だ? この胸騒ぎは一体――)


「…………」

それが悠久の民へと向けられたのか、それとも近しい人間に向けられたのもかはわからない。

「……キュリオ様?」

突如口を閉ざしてしまったキュリオに不安げな眼差しを向けるマゼンタ。
名を呼ばれても尚、銀髪の王は彼女に目もくれず不可解な胸騒ぎに焦りを感じていた。

「…………」

(アオイが目の届く場所にいないからだろうか……?)

いつも抱きしめている小さなぬくもりを思い出そうと手のひらを軽く握ってみる。
吸い付くようなしっとりとした白い肌に赤子らしい高い体温。視線が絡めば頬を染めて屈託のない笑顔を向けてくる、かつてない愛しい存在――。

しかし、そんな通常の彼女からは考えられない驚きの光景が目の前に広がった。

悲しみに頬を濡らした彼女の表情が浮かび、涙か血か……生ぬるいものに触れたような感覚に衝撃が走る。

「……っ!」

(違うっ……私が逢いたいのは笑顔の彼女だ……!)

キュリオは幾度となく笑ったアオイを想像してみるが……同じ表情、手触りを感じ、この胸騒ぎは彼女に向けられているのではないかと思いはじめる。

「なにが起きているというのだ……」

(城にいる彼女に危険が及ぶわけがっ……)

「え……? キュリオ様……っ!?」

居ても立ってもいられなくなったキュリオはガタッと勢いよく立ちあがる。長い銀髪を靡かせ、マゼンタを置き去りにしたままバルコニーを飛び出していった――。