――かつて人間を捕食していたという恐ろしいヴァンパイア――

怯え、尻込みした彼女だがウィスタリアはここが悠久で一番安全なキュリオの城だということを思い出すと、とたんに勝ち誇ったように大きな態度にではじめた。

「よく昼間にノコノコ出て来れたものね。ヴァンパイアなんて夜にしか現れないものだと思っていたわ」

「…………」

青年は何も答えない。
それどころか彼の興味は目の前の赤子に向けられており、柔らかな髪や肌の感触を楽しむように指先で軽く触れては微笑むを繰り返している。

「書簡にあった内容忘れちまったな。あれってやっぱお前の事なのか? それとも……」

ソファに寝そべるように体勢を崩した青年は、赤子の両脇に手を添え持ち上げると己の腹部に股がらせ彼女の体を支えた。

「キュリオに似てねぇよな……」

「……んぅっ」

青年は指先で彼女の頬をなでる。
すると気持ちよさそうに一瞬目を細めたアオイだが目元の傷が思ったより深く、濡れた血が光を反射し艶やかな色合いを見せていた。
やがて痛みに顔を歪めた彼女は、はっとしたように我に返り激しく手足をバタつかせはじめた。

「……っ!」

「ん? なんだ急に」

眉間に皺を寄せた青年は、大きな瞳を潤ませた彼女の表情からひとつの頼みごとを読み取った。
ポロポロと零れてくる涙と必死に青年の腹部にしがみつく小さな手。

「……ぅっ……ひっく……」

「あそこに倒れてる女を助けろってか?」

男は赤子の斜め後方で倒れている血まみれの女官に視線を向ける。

「……生憎だが俺に治癒の力はないぜ」

「……何なのよあんたたち……」

自分の存在を完全に無視した二人のやり取りにウィスタリアのプライドはズタズタに引き裂かれた。

「どいつもこいつもっ……!」


――カチャ……


足元に散らばった花瓶の欠片に変わり果てた自分の姿を映しながら、ウィスタリアは鋭く尖ったそれを拾い上げた。