――その頃、侍女らに案内されたウィスタリアとマゼンタは庭園を一望できる二階のバルコニーへとやってきていた。さすがに悠久随一の城ともなれば広さはおろか天井など通常の尺では測れないほどに高いため、二階といえど高度はかなりのものである。

ふたりの前を先程から目まぐるしく動くのは数人の侍女たちだ。彼女らは急に訪れた客人のため、別室から運び出したテーブルや椅子を猛スピードで設置していく。やがて目の前に広げられた真っ白なレースのテーブルクロスの中心に置かれた銀の器。さっそく料理の盛り付けが始まるのかと思いきや、登場したのは真紅の薔薇と純白の#霞草__カスミソウ__#だった。

おそらくキュリオの指示だろう。”祝いの席を設けるつもりはない”と言いながらも、端々に彼の優しさを感じ胸の奥がジワリとあたたかくなる。

「まぁっ! なんて美しい薔薇なの……きっとこの庭園に咲いていたものだわ!」

「そうね……」

マゼンタは声をあげて素直に喜んでいたが、ウィスタリアの表情はどこか晴れない。

(キュリオ様……どこか変わられた気がする。こんなことしてくださるなんて……)

今回は偶然にもマゼンタが飛び込んだ先に彼が居たわけだが、城内に居ようものなら面会さえ断られるのが当たり前なのだ。一目会えただけでもこれ以上にない幸運なはずだが、それを超えたこの待遇に手放しでは喜べない何かがある。
 すると思い出したようにポンと両手を合わせ、隣の姉を見上げたマゼンタがはしゃぐように声を上げた。

「ねぇウィスタリア! さっきのキュリオ様の御召し物見たっ!?」

「え……? 御召し物?」

それまで考え事をしていたウィスタリアは、年の離れた妹の言葉が理解できず目を丸くさせている。

「んもぅっ!! しっかりしてよ! さっきのキュリオ様の御召し物! 見た? って聞いたのよ!」

怒りに顔を近づけてきたマゼンタの気迫に後ずさりしながらも、ウィスタリアは中庭にいた愛しい王の姿を懸命にに思い返す。

「うん……見ていたよ。羽織っていた上着に袖は通しておられなくて……大事そうに何かを抱えていたわ……」

恐怖心のような仄暗い塊が再び体を駆け上がり、体中を締め付けるそれがウィスタリアの精神状態を大きく揺るがす。

「それもあるけど中身よ! な・か・みっ!!」

「……っ!」

「キュリオ様、バスローブを着ていたんだからっ! すっごくいい香りだったわぁ……」

ビクリと背筋を凍らせたウィスタリアの心配も束の間、頬を赤らめ彼の胸に飛び込んでしまった自分に恥じらいながらキャァキャァと両腕で己の体を抱きしめているマゼンタ。

「いいな……マゼンタのそういうところ。すごく羨ましい……」

素直に自分を表情できる末っ子へ穏やかに微笑むを姉を見上げ、マゼンタは頬を膨らませ抗議の眼差しを向ける。

「……なによそれ。嫌味?」

「……え? あ、……違うのっ! 素直な気持ちを表現できる貴方が羨ましいって言ったの」

可愛い妹の乱れたリボンを直しながら優しい瞳でそう囁いた。

「あのねぇ……私からしたらウィスタリアは遠慮しすぎっ!! 押せばなんとかなる時って結構いっぱいあんのよ!?」

「……押せばなんとかなる時……?」

「そうよ! さっきだってそうじゃない! 当たって砕けろ根性で飛び込んだ私を少しは見習いなさいっ!! じゃないといつまで経ってもキュリオ様との距離なんて埋まらないんだからっっ!!」

とても十歳とは思えない肝の据わった発言をしてみせたマゼンタ。そんな妹の成長を嬉しく思いながらウィスタリアは目を細めて彼女の頭を撫でる。

「そうだね……いつまでも見つめてるだけの恋なんて報われるわけないよね……」