【side 大輔】


宴会場を出て、スタッフ専用口から事務所に向かう。
数回ノックし、返事を待たずにドアを開ける。


「総一朗」


「客のくせして、堂々と他店の事務所に
入って来んの、お前ぐらいだぞ!
まぁ……来ると思ったけど」


総一朗の言葉に答えず、ソファに腰を下ろす。


「コックコート返しに来た」


「それだけじゃないだろ?」


簡易冷蔵庫から、
ミネラルウォーターを出し、俺に手渡す。
ペットボトルを受け取るも、それに口を付けず、総一朗の顔をじっと見る。


「前見た時より、格段に腕が上がってる。
しっかりお前の味を継いでる。
機転、発想、センス、実力、才能…
全て兼ね備えてる。
そんな逸材、滅多にいない。
ますます欲しくなった」


「……やらねぇし」



俺の一言に盛大に溜め息を吐く総一朗。


「なら……いい加減、腹決めろ。
他でもない…
お前の打診なら、訊くだろ?」


視線を総一朗から外す。


「……だから、言えないんだろ?
……俺達はさ、子供の頃からこの道を目指
して歩んで来たろ?彼にも目指したい道
があって、この地にいる。
願うなら、自分で選び取ってほしい」


「気持ちは分かる。……が、打診くらいは
すべきだと俺は思う。彼の気持ちを無視
すれと言ってる訳じゃない。
選択肢が幾つあったって、最終的に決断
するのは彼だ」


総一朗の意見は最もだ。
もし、修二くんがこの道を進んでくれたならと、何度も思った。


「お前はさ、自分の理想やこれから実現し
たいことが、明確にある。
それには、修二くんが絶対不可欠なんだ
ろ?けれど、そのために彼を惑わすこと
に躊躇している……だとしても……」


一度、言葉を伐る総一朗。


20年近くも、つるんでいれば……
俺の考えなんか、丸わかりか。
総一朗に見透かされている。


「惑わせば良いだろ?」


予想もしない総一朗の言葉に目を丸くする
しかない、俺。


「惑わして、引き入れて、導いて……
そして、彼の未来に責任を持て。
それくらいの気概、あるだろ?」


「まぁーな……」


昔から柔和な考えが出来る総一朗。
俺にはない部分……


「早々に調理師の資格だって取らせたくせ
に。お前の中では、
結構前からビジョンがあったんだろ?」


にやっと笑いながら、
ここぞとばかりに、核心を付いてくる。


「機会を見て、話してみる」


「まぁ、お前が諦めたら、
俺がもらう」


「だから、やらねぇって‼」



『惑わして、引き入れて、導いて……
そして、彼の未来に責任を持て』


何かを掴み取るために、
何の犠牲も払わず
……という訳にはいかない。
自分の掲げるものの為に、彼を揺さぶるのは、自分勝手の何物でもない。


修二くんが純粋に慕ってくれる気持ちを
踏みにじること……
もしかしたら、その気持ちを失うかもしれない。


だとしても……
君にこの道を選んでほしいんだ。


── side 大輔 end ──