【side 修二】


「いやぁ、助かったよ!神山」


講演を無事終え、打ち上げ後、
先生がタクシーで帰宅するのを見届けてから、教授が俺に向けてそう言う。


「…お役にたてて何よりです…がっ、
当日の 朝に連絡するのは、
今後は勘弁して下さい。
俺にだって予定があるんですから」


今後も同じことが起こらないよう、
釘を刺す。


「まぁ、悪かったよ。
予定と言っても、バイトだろう?
だが、バイトは生活費のためだろう?」


「…そう、ですけど」


確かに初めはそれが一番だった。
でも、今はそれだけじゃなくて…
真琴さんと出会う前から、
ドルチェの仕事は俺の生活の一部になっている。


「神山、俺はお前は教師に向いていると思
うよ。そうなってほしいと願っている。
教師を目指して、ここにいる。
違うか?」


真面目な表情の教授が、俺に問う。


「…違い…ません」


今まで気付かぬ振りして、
先延ばしにしていたことを…
教授に責付かれる。


「来週の講義、
全て午後からにしたらしいじゃないか?
提出期限が先のレポートも終わらせて…
他の教授達が驚いていたよ。
やるべきことをやってのことだから、
それを責めるつもりはない。
だがな、神山…もう1年もないんだ。
お前が進むべき道と… 進みたい道が、
今は違うのかもしれないが、
きちんと自分の心と向き合わなければ、
どこにも進めず、
後悔することになるかもしれない。
今がお前の人生の岐路なのかもな」


教授の言葉が真っ直ぐ俺を突き刺す。
教授に教師に向いていると言われたこと、
前の俺なら手放しで喜んだ。
でも、今は───


「難しい顔してるな…まぁ、大いに悩め!
努力せずして、
簡単に掴めるもの等ないのだから」


さっきまでの重苦しい空気を破って、
教授が笑いながら言う。


「後悔しないように…それだけだ」


一回り以上、歳上の教授。
同じ国語の教師になりたいと思ったのは、
教授の影響。
こんなふうに、簡単に心の奥を見透かされる程に…器の違いを見せ付けられる。
人生経験の差…なのだろう。
核心を突いて、その上でその先を示しめしてくれる。


教授のような教師になりたい。
そう、ずっと思っていた…筈だった。


「ところで神山、時間は大丈夫なのか?」


教授の言葉にはっとして、
腕時計で時間を確認する。


「…やばっ!?俺、もう帰ります‼」


「あぁ、気を付けてな。
今日は本当に有り難う」


「俺の方こそ、有り難うございました‼」


教授に向けて深く頭を下げる。
顔を上げた先に、優しい表情の教授。
教授に投げ掛けられたこと。
自分の心と向き合おう。
どの道に立っても、後悔しないように。


教授に背を向け、走り出す。
何だか今日は、走ってばかりだ。
それでも足を止める訳にはいかない。
向かう先はただ一つ。