「私の家…ここなんです。送って下さって、
ありがとうございます…また…」


神山さんに会釈をして
『また…明日…』
そう言おうとした言葉に被せるように…
神山さんが口を開く。


「いえ…俺が言い出したことなので…
でも、今後もこの時間のシフトに
一緒に入っているなら、香坂さんのことは
俺が送ります。俺に…送らせて下さい。
理由は、さっき言った通りです」


どうして…そこまで考えてくれるの…?
そうは思っても、口に出して訊くことは
出来ない…


「それから……
オーナーや木村みたいに、俺のことも、
名前で呼んでくれませんか?
俺も……俺も、今後は真琴さんと呼ばせて
もらいます」


そんなことを、言われるとは思わず…
驚いてまじまじと神山さんを見詰めてしまう。


「…名前で呼んでくれないと、
俺…振り向きませんし、返事しません。
さぁ、もう家に 入ってください」


真っ直ぐで…真剣な眼差して見つめられる。


「え…あ、あのっ…」


何を言えばいいのか、
頭が真っ白になって…
思考力が追い付かない。


「真琴さんが家に入ったのを
見届けないと、俺…安心して帰れないです
よ」


神山さんに『真琴さん』と呼ばれた瞬間…
身体中に
小さな電流が走ったような感覚を受ける。
同時に顔に熱が集まっていくのが、
自分でも分かる。
その場から動けなくなっていた私に、


神山さんの大きな手が
私の肩に触れ、身体を反転させ…そっと背を押してくれる……
優しい手付きで…


一歩一歩進む。


「そのまま…振り向かないで、
家に入って下さい。
お休みなさい…真琴さん」


再度名前を呼ばれ、甘く疼く心の音が、
聴こえてしまいそうだった。


『振り向かないで』と、言われたけれど…
何も言わず家に入るのは
失礼だと思い…


「お…送ってくれて、有り難うございまし
た! お休みなさいっ‼」


それだけ伝え、家に入る。
閉めた玄関のドアに背を預け、
胸元の服をぎゅっと掴む…


はっきり言われた訳ではない…
でも…神山さんの視線…態度や言葉…
名前───
『真琴さん』
それらが示すもの………
そして…その全てが、
嬉しいと思う私がいる。


こんな気持ち…何年振りだろう……?
こんな気持ちをまだ…抱けるんだ…私…


それでも……
過去に囚われた私は……
この気持ちに向き合えない…
向き合って、傷付くのが怖い。


そして何より─
神山さんに私は…
相応しくない────