「ね? 俺じゃ手も足も出ない」

茶目っ気があるが、そこには自嘲の色も色濃く浮かんでいる。決して笑い話でもなかった。

彼が一体どちらなのか――ともすれば、どこに位置する人物なのか、私にはずっと測りかねてきた。

「だからって、あなたが気に病む必要はありませんよ。俺が弱かった、ただそれだけです」

諦めを含めた物言い。憂うわけでもなく、ただそうであるものだと受け入れた彼の傷痕に、私は何も言えない。

確かに先生は弱いのかもしれない。けれどそれは、私が異常なだけだ。

「どうぞ、腰掛けて」

勧められた回転椅子に、大人しく座る。

軋む音が空気を割り、僅かに先生の持つ雰囲気も変わった。立って見下ろすよりも、断然近くなる目線。むしろ私が見上げる形となり、先生の黒い瞳の中を覗き込む。

逸らしてはいけない、と誰かに呟かれた気がした。

「篠原さん……いや、“お嬢”」

懐かしく、つい最近まで聞き慣れた呼び方。

椅子から立ち上がることはしなかったが、脳内では記憶が渦巻いてあの光景を呼び起こす。