それはとても悲しいお話だった。

「……その影響で、梨子は生涯子供を持つことができなくなったの」

ゴクンと緑茶を飲み、話を続ける。

「で、彼女はメープル慈愛財団を立ち上げ、我が子の代わりに孤児院の子供たちや母子家庭の子に印税の殆どをつぎ込んでいるってわけ」

「残す必要のない財産は有効利用しなくちゃ。生き甲斐? そんなものが欲しかったの」

梨子がスッキリとした笑みを浮かべる。

この笑みが浮かぶまで、彼女はどれだけ悩み、苦しみ、哀しんだのだろう。
子供を持てない辛さは今の私には分からない。
だが、子供たちのために財団を作ってしまうほどだ、彼女の気持ちは本物なのだろう。

「だからねっ、梨子ちゃんは恵まれた人生を歩んでいるわけじゃないのよ」

「……そうでしょうか? 見方を変えれば、好きな仕事を持ち、一生その世界で生きられる。それはとても恵まれた人生で、とても幸せだと思うのですが」

私の言葉に、梨子が笑みを浮かべる。

「そうね、幸せだわ。それに、今は大勢の子の里親でもあるし、言われてみれば……そうなのかも」

「まぁ、本人がそう思うなら、ノープロブレム。それより梨子、いつも言っているでしょう。貴女はまだ若いわ。再婚も視野に入れて自分の幸せも考えなさい。彼……」

「ストップ!」

梨子が要子の唇に人差し指を当て、シーッと首を振る。

「再婚は有り得ない! 彼のことは言わないで」

彼? 私は要子と梨子、二人の顔に視線を行き来させる。