「姫宮姫乃! 聞いているのか!」

このお方は何故いつもフルネームで私を呼ぶのだろう?

「はい、社長、聞いております」
「じゃあ、何故、今、そんな恰好で掃除をしているのだ!」

そんな恰好……? ああ、防水エプロンと長靴のことか。

「今日は掃除の日なので」

掃除をするのは当然でしょう、と続けたいのを我慢する。

「そんなのは暇な時にすればいい。今日はSクラスのケータリングが入っている、と事前に知らせた筈だが」

Sクラスはスペシャルなお客様……V.I.P様……ああ、と思い出す。
榊原ホールディングスの、何チャラパーティーの日だ。
世界でも名高いレストランM代表水佐和裕樹と幻のパティシエ桜井薫とコラボできると、社長が狂喜乱舞していた。

確か十八時からだったな。
忘れていたかも、でも、今回はヘルプだし重責はない、とモップの柄の上に手を置き、その甲の上に顎を乗せ、上目使いにソッと社長を覗き見する。

社長は厨房という場にそぐわないブランド物と思しきスーツに身を包み、腕組し憮然と私を見下ろしている。

その眼、恐いんですけど……。

百八十超えと聞く身長と細身なのにガッシリとした体格に威圧され、妙な息苦しさと恐怖を覚える。

毎度のことながら社員を威嚇して何が面白いのだろう。