五分ほど経ち、社長が戻って来た。
運転席に座った社長の方に体を傾け詰問する。

「大丈夫でしたか? 怒ってなかったですか? 出掛けてもいいんですか?」
「ああ、心配するな。了解は取れた」

社長が私を見つめる。その目がいつになく優しい。
だから、よけいにホッとしたのかもしれない。

「ああ、よかった。お千代さんは怒るとスッゴク恐くて」
「それから伝言だ。しばらく留守にする、とのことだ」
「エッ? 何で」
「知り合いが怪我をしたらしい。その世話をするため、と言っていた」

知り合い? と思ったが、お千代さんは昔から顔が広かったから、私の知らない知り合いが居ても不思議ではない。

「そっか……分かりました。だから携帯持って欲しいのに……連絡がとれないじゃない」

ブツブツ呟く私の頬に社長が手を添える。

「寂しいのなら、俺のところへ来るか?」

どうしたのだろ? 声も優しい。本当に今日の社長はおかしい。

「いいえ、大丈夫です。立派に留守番します」

フッと社長は笑みを浮かべ、私の頬をひと撫でする。

「姫、柳の如くだ。時には寄り掛かることも必要だ」

時々、社長の心に父性が芽生えるようだ。こんな風に。

「本当、社長ってお父さんみたいですね」

頬を優しく撫でていた社長の手が、またもムギュと頬っぺを抓む。

「誰が父親だ! お前と親子になるつもりはない」

それはそうでしょう。私も貴方が父親なら……。
その時、悪魔が微笑んだ。生前分与してもらう、とか?
私利私欲に駆られ、養子縁組もいいかも、と有らぬ妄想をする。