「あらぁ~、貴女、203号室の」
「姫宮姫乃さんよ」
「へ~、こんなところでご一緒するなんて」

驚くのは当然だ。私自身、どうしてここに居るのか、未だ謎だもの。
202号さんとは引っ越しの挨拶をしたっ切りで、後は会釈をするぐらいだ。

「私が強引に誘ったの」
「あらっ、また例のお節介。あっ、改めまして、私、正職要子と言います」

彼女は酔っ払いながらも、律儀にポケットから名刺入れを取り出し、そこから一枚引き抜き、私に手渡した。

名刺には『株式会社冨波エンタープライズ 業務本部 正職要子』とあった。
ここは業界切っての大手プロダクションだ。
私も慌ててバッグから名刺入れを取り出し手渡す。

「あっ、私も頂戴」と夢子も手を出す。
「ヘーッ、Qグループのシェフだったんだ」

要子がマジマジと私を見る。
瞳が潤んでいるせいか、妙に色っぽい。

「姫が越して来て二年経つけど、知らなかったわ」

酔っ払い故、思考がブッ飛んでいるのだろう、いきなり砕けた呼び方だ。
そう言えば、いなくなった友人たちも私を姫と呼んでいた。

「そうね。行動時間が違うからかしら? 滅多に顔、合わせなかったものね」

夢子も同調し頷く。
いえ、違うのです。私が極力避けていました、とは言えず黙っておく。

「ねぇ、どうせなら飲まない? 梨子ちゃんも呼んで」
「あらっ、いいわね」

二人は意気投合し、夢子は早速スマホのパネルをタッチする。

何なのだろう、この展開。
テレビ台横の棚に乗ったデジタル時計を見ると、11:48。

もうすぐ明日……じゃないか!