落ち着きを取り戻し、全てを思い出した。

父母が亡くなり私はお千代さんと二人、ひっそりと暮らしてきた。
そう、お千代さんが心筋梗塞で亡くなるまで。

「お前は現実逃避した。哀しみを表に出さず閉じ込めてしまった。千代さんは言っていた。ご両親が亡くなった時も泣けなかったんだろう。千代さんに心配を掛けたくなくて」

そうだ……私は泣けなくなった。

朝、一緒にご飯を食べたのに、「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれたのに、帰宅したらもうお千代さんは冷たくなっていた。

それがあまりに突然で、信じられず、ズット夢の中にいるようだった。

あっ、お千代さんが泣き虫だったのは、私の代わりに泣いてくれたから?

きっとそうだ。だから、幻影でも彼女の存在があったから、私はギリギリのところで精神を保ち、独りでも生きてこられたのだ。

「遊園地に誘ったあの日、お前は千代さんが閉じ篭って姿を見せないと言った。お前に心境の変化が現れたのだと思った。チャンスだと思った」

急に夜遊びしようと誘ったのはそんな思惑があったからか。

そう言えば、メープル荘の人々と交流が深まったあの夜から、お千代さんの姿が見えなくなった。

「千代さんが『留守をする』と言ったのは、お前に暗示をかけるためだった。案の定、お前はすぐに信じた」

ああ、そうだった。あれ以来、お千代さんの姿を見掛けなくなった。

「だが、花菱物産のレセプションパーティーの日、お前は見たんだろ? 俺が美麗に……キスされているのを」

コクンと頷くと社長は額に優しくキスをする。

「あれで、苦労が水の泡になると思った。お前は哀しみをまた閉じ込め、千代さんを呼び起こしてしまうと思った」

クソッと社長は美麗に向かって呪いの言葉を吐く。