社長の寝息がリズムよく聞こえるが、私の睡魔はどこかに消え去ってしまった。
一緒に住むって、同棲? ムリムリムリ! それに私にはお千代さんが居る。
本当に社長はいつも突拍子もないことを言い出す。
社長とのあれこれが頭に浮かび、いろんな思いが飛び交う。
「社長は私が好きで一緒に暮らしたいと言いますが、でもね、私は欲張りなんです。私は家族が欲しいのです」
社長の前髪をソッと掻き上げる。
その手首を突然握られる。
キャッと小さな悲鳴を上げる。
「だから一緒に暮らそうと言っているのだが」
起きていらしたのですか!
「だから、家族になろう。お前と結婚したいと言っているのだ」
ヘッ! けっ結婚!
「結婚するんですか? 私たち」
「結婚しないのか? 俺たち」
質問返ししないで下さい。
「社長、もう一度寝ましょう」
これはうわ言だ、と自分に言い聞かせ、乱暴にポンポンと社長の背中を叩く。
「誤魔化すな。お前も俺のことが好きだろ。全く問題なしじゃないか!」
しかし、社長は話すのを止めない。
だから仕方なく応答する。
「私には……お千代さんがいるもの。お千代さんを置いて……結婚できない」
「お前の気持ちは何処にあるんだ?」
私は社長が好きだけど……お千代さんも大切な人だ。お千代さんを一人にできない。だから……。
「結婚できない。お千代さんを一人にできない!」
クソッ、社長は吐き捨てるように言う。
「……千代さんはもう亡くなっている」


