要子と別れ自室に戻るが、やはりお千代さんの姿はなかった。
昨日のあれはやっぱり夢だったのだろう。
電気をつけ、暖房を入れる。
要子は転職と同時にメープル荘を出るらしい。さっきそんなことを言っていた。
夢子は思うところがあるらしくギリギリまでここにいるらしい。
梨子も名残惜しくて出て行けないと哀しんでいた。
私は……お千代さんが帰って来ないとどうしようもない。
「お千代さん、早く帰ってきて」
お風呂に湯を入れている間、そんなことを祈り、明日の朝食の下準備をする。
先日、今が旬のブリを真梨香様から貰った。それも丸々一匹。
骨まで味わい尽くそうと解体して冷凍保存してある。
その身の部分を二切れ取り出し、ジプロックに入れた漬け汁に浸し、空気をできるだけ抜き冷蔵庫に入れる。
次は……と思ったところに、ピーンポーンとチャイムが鳴る。
ん? 掛け時計に目をやる。八時を少し回ったところだ。
「誰ですか?」
恐る恐るドアの向こうに声を掛ける。
「俺だ、開けろ。開けないと自分で開けて入るぞ」
社長? 自分で開けるって……どうやって?
ドアを壊されでもしたら大変だ、と慌てて開けると、コートの襟を立てた社長が寒そうに震えていた。
「開けるのが遅い!」
ハァ! この前は確認もしないで開けるな、と言っていた筈だが……。
社長はブルブル震えながら、靴を脱ぎ上がる。
私は訪問理由も聞かず、すぐにお茶の準備をする。
「社長、コーヒーどうぞ。温まりますよ」
コトンとテーブルに置くと、社長の手はカップを素通りし私の手を握る。
何て冷たいの!
「お前の方が温かい」
グイッと私の手を引っ張ると、社長は自分の膝の上に私を座らせる。


