「冨波を退職したら、キッパリ彼のことは忘れて一から出直すわ。もうスタイリストとしての就職先も見つけてあるの」
流石、要子だ。できる女だ。
「ただ、ちょっとメランコリックになっちゃうの。さっきみたいに……」
要子は紅茶を一口飲み、黙々とパンケーキを食べ出す。そして、食べ終わるといつもの要子に戻っていた。
もしかして……彼女はいつもこうやって自己を回復しているのかもしれない。
夢子にしても梨子にしても、人には言えない辛さを抱え生きていた。
それでも彼女たちは現状から逃げず、前へ向かって進んでいる。
じゃあ、私は……。
心の奥底の何かが心臓を握り潰し、グッと胸が詰まる。
「あらっ、姫、もう食べないの?」
要子は三分の一残ったパンケーキを見る。
「食べないのなら、私貰っていい?」
どうぞ、と言うと嬉しそうに皿を交換して食べ始める。
「でもね、心残りは嫌なの。だから、玉砕覚悟で退職の日に告白はするわ。きっと彼、驚くでしょうね」
悪戯っ子のようにクスクス笑い、その日が待ち遠しい、と目を輝かす。
そんな彼女が眩しくて、私は目を細める。
今の要子は美しく着飾った彩萌よりも美麗よりも、うんと美しい。
冨波圭吾がどんな男か知らないが、要子を振ったら絶対に後悔するぞ! と心の中で鼻息荒く蹴っ飛ばす。
「あ~、スッキリした。姫、嫌な話を聞かせてごめんなさい。今日は私の奢り」
要子は伝票を手にすると、有無も言わさずレジに向かう。
仕方なく、店を出ると「ご馳走様でした」と私は頭を下げる。
「いいのよ。これぐらい贅沢するお金はあるから」
呆気らかんと笑う要子は実に男前だ。
今更ながら思う。メープル荘に住む住人たちは本当に素敵な人ばかりだ。


