ウイークデーの午後七時。夕食時ということもあり、流石に店は空いていた。
入った途端、フワリと甘い香りが身体を包む。
要子はべりーいっぱいパンケーキ、私はもちもちフワフワシンプルパンケーキ、そして、ホットのストレートティーを二つ注文する。
店内はあちらこちらにグリーンが置かれ、目でも香りでも癒される店だ。
「ハーッ」と要子が大きな息を吐く。
「ようやく呼吸できた」
青白かった顔の色に少し赤みがさす。
「時々、こんな風に窒息しそうになるのよね」
要子はテーブルの上のウォーターグラスを手に取ると、ゴクゴクそれを飲み干す。
「自分を殺して他人のために生きる人生って、虚しいわよね」
はい? 何のことでしょう?
意味が分からないので、苦し気に吐き出す要子の言葉を黙って聞く。
「本当はスタイリストとして生きたかったの。でも、思う通りに生きられなかったわ」
要子は言葉を切り、私を見る。
「家の恥だけど……両親は昔、冨波に勤めていたの。父が経理で母は総務。魔が差したのね、祖父が大病を患って、その治療費を横領と云う形で用意したの」
要子は唇を噛み締め、それから投げやりに笑う。
「まっ、結局、悪いことはできないわよね。祖父は治療の甲斐もなく呆気なく亡くなり、横領もバレ、両親はもう少しで訴えられるところだったわ」
「お待たせいたしました」
重い話の途中に店員が注文の品をテーブルに置く。
バニラの香りと甘酸っぱいベリーの香りが、張り詰めていた気持ちを緩める。
「温かいうちに頂きましょう」
要子がフォークとナイフを手にして、打って変わって明るい声で言う。
一口頬張り、目尻を下げる。
「ああ、もう最高! 美味しい」
私もメープルシロップをたっぷりかけ、食べ始める。


