「ちょっと!東先輩!!!涼々ちゃん、新記録ですよ!」
「え!、まじかよ。」
泰来の声でわれに返る。
『秀徳経済大2年、新田涼々!11秒29で新記録です!』
確かに涼々が新記録を出したと、アナウンサーが大げさに喋っていた。
そして………、
『では、アナウンス席、オオモリさんどうぞー』
画面はスクリーンからアナウンス席に切り替わった。
『えー、まずは、新記録おめでとうございます』
マイクを持った男のアナウンサーが涼々にマイクを向ける。
黒髪で高校生の時と同じくらいの短さ。
肌が小麦色に焼けていて練習の厳しさを物語っている。
最後に見た時より若干痩せた涼々は、向けられたマイクに『ありがとうございます』と笑顔で答えた。
『今回の走りをご自分で振り返ってみてどうでしょうか。』
『えー、そうですね。自分の思い描く走りがしっかりできたと思います。』
手渡されたポカリスエットを右手に持ちながら答える。
『全国大会は今までを通して初出場、そして初優勝ということですか、その点に関してはどうですか?』
『まぁ、やっと、来れたなという感じで、まさか優勝とは思っていなかったので驚きもありますけど………、嬉しいです。』
涼々の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
『中学生の時に全中棄権、高校3年生の時には怪我をしたとお聞きしましたが、この大会に特別な思いなどはありましたでしょうか?』
涼々の目に溜まる涙の量が増えた気がした。
『まず、全国という舞台が………特別でした。
今まで本当に…………………悔しい事ばかりで………納得いかないことが………多くて。
やっと、やりたかったことが…………できたなって思っています。』
涼々はもう、涙を流していた。
『その涙は、今までの辛さがあった分の嬉しさだったり達成感だったり、というふうに受け取ってよろしいでしょうか?』
『………はい。本当にその通りです。』
『女子100m新記録での優勝、新田涼々さんでした。改めておめでとうございました。』
『ありがとうございました。』
頭を下げて、彼女はアナウンス席から去っていく。
同時に画面は放送席に切り替わった。
たった数分の出来事だった。
だけど、たった数分で俺らは息をすることも忘れるくらいにあいつのすべてに飲み込まれた、
気がした。


