『on your mark』
深く深呼吸をし、タータンに手をつきスタブロにセットする涼々の姿がアップで映し出される。
両手を揃え、一度、
顔を上げた。
俺の見たことのない顔だった。
まっすぐにゴールだけを見つめる、鷹のように鋭く、厳しい目をしていた。
『set………』
またまた全体が映し出され、8人が一斉に腰を上げる。
ゴクリ、と唾を呑んだ。
どんな、走りを
するんだろうか……。
『パンっ!!!』
テレビの向こうの雷管の音に、俺まで反応しそうになった。
涼々はスタートした瞬間から、先頭に立つ……。
『いいぞいいぞ!新田が抜ける!新田が抜ける!』
50m付近、すでに涼々は隣に誰も並ばない状況だった。
風を切るように走り抜ける涼々のフォームは、上からしか見えなかったけど、何年か前と一切かわりない、涼々のフォームだった。
『これは学生新記録か!?……新田がゴーーール!』
息をすることも忘れてテレビ画面に食いついた。
涼々は、爽快に走り抜けた―――――。
わぁーーーっと歓声が場内からあがる。
『新記録!速報では新記録!速報、11秒29。学生記録をわずかに上回る記録になったか??』
「涼々ちゃん、こんなに速くなってたなんて……」
泰来が呟くように、言った。
同感だよ、全く。
もう走れないと、そう思っていたから。
あいつ自身、2度目の怪我からは一度も走っていなかった。
――――――ように、見えただけなのか?
本当は、ずっとずっと走っていたのか?
ただ今、涼々はテレビ画面の向こうでキラキラと
輝いていた。


