《side 涼々》
「ちょっとだけ、話そうよ。」
楚乃美の言葉に頷き、仮設スタンドの方までやってきて、一番手前の席に座る。
「まさか、そんなに酷いとは思ってなかった。」
楚乃美の言葉はまるでありえないというような、
そんな言い方だった。
「私もこんなになるとは思ってなかったなぁ……。」
ライブで映るスクリーンを遠目で眺めていると、横目で楚乃美が私の方を向くのがわかった。
「2回目なの。」
「えっ?」
「靭帯切って、手術して、リハビリして、やっと走れるようになった。
それから先週までは順調に練習積んでた。
どーにか体戻して、100mは12.8くらいまで戻ったかなぁ。
だけどね、また、足の甲が腫れてたんだ。
ちょっとだけ、痛いの我慢してたらこんなになっちゃった。」
「あんた………、どんだけ走りたがり屋なのよ。」
楚乃美の目には涙がうっすら浮かんでた。
「知ってる?私、涼々がいなきゃ走れない……。
たしかに、涼々がいれば私は1位をとれない。
でも、涼々と走ると自分が風になってるようで、
本気で走ることを味わえてたんだよ。
涼々がいなきゃ、全国に行ったって、また負けるだけなんだよ………。」
下唇をかみ、楚乃美は俯いた。
”また負ける”
楚乃美は私が欠場した全国大会で予選落ちした。
あの代だったら楚乃美の記録では優勝は確定だった。
なのに、楚乃美は予選で呆気なく敗退していった。
その試合を、私はネット配信されていたから画面に食らいついて見ていた。
緊張じゃないって、すぐにわかった。
何かに怯えている。
その確信は、間違っていなかったみたい。
じゃあ……………
「楚乃美?」
「ん?」
「あんたならもう、全国でも負けないよ。」
「え?」
楚乃美がいかにも驚いた表情で見てくるから少しだけ笑ってしまった。
「あなたは何のために練習してきたの?
私に勝つためだけじゃないでしょ?
全国で勝つためでしょ?
なら楚乃美は大丈夫だよ。」
楚乃美の、健康的に焼けた両手をとる。
「未来を変えるための練習してきたんなら、
楚乃美は大丈夫。」
「涼々………。」
次第と楚乃美の顔から不安な気持ちが消えていくのがわかる。
大丈夫、
大丈夫……。
楚乃美なら、大丈夫なんだ。
ずっとずっと競ってきたからわかる。
楚乃美はいつの間にか、私じゃない何かを見つめていた。
私は、その何かのための練習道具でしかなくなっていることも知っていた。
たぶん、本人は気づいていないだろうけど、きっとそうだから。
だから、何度だっていうんだ。
”未来を変えるための練習してきたんでしょ。”
私の分までっては言わない。
だけど、心のどこかで私のことを思って走ってくれたら、
それはすごく嬉しいことだと思う。
私も応援がんばんなきゃ。


