翼は、今日は練習を休み、

私の隣で練習の様子を見ていてくれた。






「みんなさ、涼々が帰ってくるように、って4レーンは誰も走らないんだ。」



有姫が持ってきてくれた缶に入っている暖かいお茶を手のひらでコロコロと転がしていたとき

翼がさりげなく言った。






気づいていた、練習を見始めてからずっと。



主に、短距離は5~8レーンを使い、長距離と駅伝部は1~3レーンに収まって練習をしていた。

最初はぶつかったりしないようにかなぁ、なんて思ってた。




だけど


華月が間違って4レーンに入ると泰来が引っ張り出す。


長距離グループが、どんなに広がって走っていても
メインストレートの前では必ず3レーンまでには収まる。





私のための居場所が、そこにしっかり残っていた。







「この1ヶ月、お前がいなくて結構厳しかったんだぞ??
敬と康太は本気で黙りだすし、月見里や瀬戸も練習に集中できてなかったし。

ただ、待ってる場所を作ろうって、
そうやってお前のこと待ってんだ。

お前が、いつ来てもいいように。
いつでも走れように………。




早く走れるようになれよ……。」





最後のは思わずこぼれた本心だと思う。






走ることが好きで、

ただひたすらにゴールを目指した。





今年はなかなか大会で成績を残せなかったから
来年こそって、そう思ってたんだ。





最後くらい、インターハイに行こうと……。








「走りたい……。」



もう、どれだけ泣いたか覚えてない。

でも涙はまだ残っているようで、次から次へとこぼれてくる。




「涼々……。」


そんな私を、翼は全身で受け止めてくれる。





シトラスの香りが鼻を通って全身まで行き渡る……。




ますます涙が止まらなくなり、翼の胸が涙でぐしゃぐしゃになるまで泣いた。






私、こんなに陸上に貪欲だなんて、思ってなかった。





こんなに陸上を愛していて

こんなに陸上にはまって

こんなに走りたいだなんて







でもまだ、その前にやらなければならない壁は高く立ちはだかっているんだ。





ぶち壊さなければならない壁。





それを壊せるのに必要な期間はあと2ヶ月。


4月。





よく考えればそこからインハイ予選まで時間が無い。











今さらだけど、かなりの崖っぷちにいることに気づいた。